1953年大水害、福岡市の好プレー

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  7月の九州北部豪雨で被災した福岡県朝倉市に先日、また行ってきた。復旧作業は急ピッチで進んでいるというが、市内のあちこちに今も大きな爪痕が残り、見慣れた風景の変貌ぶりに度々言葉を失った。この朝倉という地は、「暴れ川」と呼ばれた筑後川の流域にあるだけに、過去にも度々大きな水害に見舞われてきた。この地に伝わる、ある奇習について、川を鎮めるための人身御供が形を変えて残ったのではないかとバカげた推論を立て、成り立ちを調べたこともあるが、バカな思い付きはバカな思い付きでしかなかったという結果だったので、これについては詳しくは記さない。ただ、この際に1953年(昭和28)の大水害について調べ、印象的な出来事があったのを知ったので、この機会に書き留めておきたい。

 1953年の大水害は「西日本大水害」と呼ばれている。6月25日から29日にかけて、場所によって総雨量1,000ミリを超える記録的豪雨が九州を襲い、1,000人以上の死者・行方不明者を出した。『甘木市史』(甘木市は合併により現在は朝倉市)には「福岡、熊本両県で有史以来の大水害であった」とまで記されている。福岡県内で最も人的被害が大きかったのは現在の北九州市だったが、朝倉地区をはじめとする筑後川流域でも41人の死者・行方不明者を出し、6,000戸以上の家屋が流失、または全半壊した。流域の被災住民は実に54万人にも上ったという。

 被災者支援のため近郊市町村の婦人会を動員して炊き出しなどが行われたが、朝倉地区では飲料水の欠乏に苦しめられた。洪水によって井戸が汚染されたためだろう。現在ならば、自治体や自衛隊の給水車がすぐに被災地を回り、支援物資のペットボトルなども届くことだろうが、64年前のこの時、被災住民の苦境を救ったのは福岡市の消防車だった。上水道の水をタンクに満載して被災地に運び込み、住民たちは四斗樽や一升瓶でこれをもらい受け、急場をしのいだのだ。(『あさくら物語』古賀益城編、1963)

 何台の消防車がどれだけの水を運んだのか、詳しいデータまでは記されていなかったが、『甘木市史』にも「罹災地の飲料水確保には福岡市の消防車が活躍するなど各地からの救援活動が行われた」と救援活動の代表例として紹介されており、被災地の福岡市に対する感謝の大きさがうかがえる。

 では、この時の福岡市が水害の被害を受けなかったのかというと、人的被害こそ死者2人、負傷者5人と比較的少なかったものの、家屋やインフラの被害はやはり甚大なものだった。『福岡市史』第8巻(1978)には、6月5~7日にも起きていた水害と合わせ、床上浸水5,792戸、床下浸水26,300戸、堤防の決壊124か所、橋梁流出51か所もの被害が記録されている。博多駅裏、簀子、今泉、渡辺通、六本松、西新などの浸水被害が特に激しかったといい、この復旧作業に追われる最中に、朝倉地区へ消防車を派遣していたことになる。ただ、少なくとも福岡市史には、この事実は記されていない。お役所が手柄を自慢しないはずはないので、敢えて書かなかったということは“当たり前の行為”という認識だったのだろう。

 当時の福岡市長は小西春雄という人で、2人目の公選市長に当たる。どんな人物だったのか。簡単な略歴程度しかわからなかったが、東京専門学校(現・早稲田大)卒、朝鮮銀行大連支店長、明治鉱業取締役、九州石炭鉱業会長などを経て1951年4月初当選。西日本大水害は市長1期目の時だった。55年、前・福岡県知事の杉本勝次を破り再選を果たしたが、翌年7月、在職中のまま病死している。77歳。

 1953年というのは大きな風水害が相次いだ年で、西日本大水害の約1か月後には今度は和歌山県を記録的豪雨が襲い、死者・行方不明者は1,000人以上に上った(紀州大水害)。さらに9月には台風13号が近畿地方に大きな被害をもたらし、478人もの死者・行方不明者を出した。同年10月29日の読売新聞は、この年の風水害の被害総額は同社推計で7000億円を大きく超え、国民総所得(5兆8200億円)の1.4か月分が風水害で吹き飛んだ計算になると記している。それ以上に、三つの災害で2,500人もの命が失われたことに絶句する。
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遅れる旧高宮貝島邸整備

旧貝島邸

 福岡市南区高宮に残る炭鉱王一族の邸宅跡「旧高宮貝島邸」の整備計画がようやく固まったらしく、各紙地域版で相次ぎ紹介されていた。それによると、福岡市は民間企業の力を借り、旧貝島邸をレストラン等を備えた迎賓館的施設に改装し、4年後の2021年度オープンを予定しているという。

 これには驚いた。福岡市がこれまでに明らかにしてきた想定スケジュールでは、2016年度中には整備・運営を担当する企業を選んだうえで設計まで完了、17年度から工事に取り掛かり、18~19年度には開園予定となっていたからだ。つまり全体スケジュールは2~3年遅れるということになる。今年2月、事業が予定通り進んでいないのではないかと疑い、
「旧高宮貝島邸の現状」の中で、「炭鉱王一族の豪邸を目に出来る機会が、また遠のかなければ良いのだが」と書いたのだが、悪い予感は当たっていたようだ。

 旧高宮貝島邸について改めて紹介すると、貝島炭砿の創業者・貝島太助を支えた弟・嘉蔵の屋敷跡で、1915年(大正4)に直方市に建てられ、27年(昭和2)に現在地に移築されてきた。1.9㌶の広大な敷地の中には母屋、茶室、衣装蔵の3棟約670平方㍍が現存し、このうち母屋と茶室は今月、「市内有数の大規模な近代和風建築であり、石炭業全盛時の歴史を伝える貴重な建造物」として市の登録文化財にもなっている。

 670平方㍍の屋敷とは驚くべき広大さだが、これでも2001~02年に一部建物が解体され、移築時の半分以下になっているという。「炭鉱王の大邸宅」の代名詞ともなっている飯塚の伊藤伝右衛門邸が1,020平方㍍というから、これをも上回る規模だったことになる。敷地は約23億円で市が購入、建物は貝島家から寄贈を受け、市は一般開放するため、2015年度から整備案の検討を始めていた。この時には「2017年度開園」という報道もあった。

 なぜ、これほど遅れたのか。どの新聞にも「21年度オープン」とさらっと書かれているだけで、遅延の理由についての説明はないが、要するに想定スケジュールが甘かったということなのだろう。旧貝島邸クラスの整備・運営を任せられる民間企業となると、地場では数が限られる。例えば、有力候補として思い浮かぶのは、高島市長と“蜜月”の関係とも噂される某私鉄あたりだ。何の根拠もないが、スケジュール等について企業サイドから否定的な声でも上がったのだろうか。根拠のない話を書くなと言われそうだが、私のような部外者はともかくとして、旧貝島邸のオープンを心待ちにしている地元関係者も少なくないのだから、市はもう少しきめ細かに情報発信して欲しいところだ。

 旧貝島邸の整備・運営を民間に委ねることについては、市議会内には「歴史的建築物を後世に伝えていけるのか」と否定的な声もある。確かに、伊藤伝右衛門邸は建物や庭園を含めた屋敷全体が資料館となっているだけで、レストランなどは併設されていなかった。伝右衛門邸と同じく、来館者には近隣で食事をしてもらった方が地域経済にとってはベターではないかと思うが、福岡市はとしてはもっと観光色の強い施設整備を望んでいるのだろう。写真は旧貝島邸の現況で、市の発表資料から拝借した。
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旧高宮貝島邸の現状

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 福岡市南区高宮に残る筑豊の炭鉱王一族の邸宅跡、旧高宮貝島邸周辺を歩いてきた。ちょうど2年前、邸宅跡は公園として整備され、2017年度中には一般公開される予定だと報道されていた。私もこのブログでそう紹介したが、邸宅入り口は今なおフェンスで囲われ、2014年秋(「旧高宮貝島邸」)、15年春(「続・旧高宮貝島邸」)に写真撮影に来た際と全く変わらない状態だった。周囲の木柵が倒壊するなど、かえって荒廃が進んだかもしれない。改めて市の事業計画案を調べてみると、整備スケジュールが変更され、開園予定は2018~19年度に先送りされていた。

 邸宅の来歴について改めて簡単に紹介すると、旧高宮貝島邸とは貝島炭砿の創業者、貝島太助を支えた全盲の弟・嘉蔵の屋敷跡で、1915年(大正4)に直方市に建てられ、1927年(昭和2)に現在地に移築されてきた。1.9㌶の広大な敷地の中には母屋、茶室、衣装蔵の3棟約600平方㍍が現存する。敷地は市が23億円あまりを投じて約20年がかりで買い取り、建物は貝島家から寄贈を受けた。市は自然と歴史を生かした公園として整備したうえで一般開放する方針だったが、用地買収が長期化したこともあり、取り掛かりが遅れていた。

 建物の現状はどうなっているのだろうか。母屋らしき建物は、外周の道路からわずかに確認できるが、木立に遮られ全貌はわからない。築100年を超える建物だから相当老朽化が進んでいるだろうと想像していたが、市の公表資料に掲載されている写真を見た限りでは、内外装とも予想外にきれいな状態だった。1960年代頃から80年代前半頃までは米国領事や福岡アメリカンセンター館長の公邸として使われていたといい、30年以上前のこととは言え、やはり人が住んでいたことが良い方向に働いたのだろう。

 なお、この邸宅は貝島嘉蔵自身が設計したと、彼の伝記『偉盲貝島嘉蔵翁』(吉村誠、1918)に書かれている。嘉蔵は1880年、24歳で両目を突如失明しているが、『偉盲貝島嘉蔵翁』では「此建築に対しては、自ら設計し且つ監督せしといふに至っては、寧ろ氏の心眼余りに明にして盲目たるを疑はしむるものあり」と称賛している。著者の吉村誠は、嘉蔵と親交の深かった現在で言うところの特殊教育学校の校長だという。

 話を貝島邸の整備計画に戻すと、2015年12月策定の市の事業計画案では、建物の修復、庭園整備のほか、飲食施設の建設なども盛り込まれており、実際の整備と管理運営は民間企業に委ねる方針だという。スケジュール通りに進んでいるのならば、今年度中に企業の選定と設計が終わり、新年度からいよいよ工事に入るはずだが、整備の具体的な中身はおろか、事業を担う企業名さえまだ明らかになっていないことが少々気がかりだ。炭鉱王一族の豪邸を目に出来る機会が、また遠のかなければ良いのだが。

 蛇足をひとつ。このブログを書くに際して、少し呆れたものを見つけた。「旧高宮貝島邸」の一文がほぼそっくりそのまま某業界広報誌に掲載されていることに気付いたのだ。昨年3月発行号の表紙の写真説明に丸パクリされ、私とは縁もゆかりもない人物の名が堂々とクレジットされていた。ネットならまだしも紙媒体でこんなことをやられるとは…。


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高宮浄水場廃止へ

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 福岡市南区大池にある高宮浄水場が廃止される。といっても廃止の時期は施設が耐用年数を迎える2024年頃の予定で、まだ7年も先の話だが、廃止を見据えて乙金浄水場の増強工事が今年度から本格化する。この乙金浄水場はれっきとした福岡市水道局の施設だが、場所はなぜか、大野城市の住宅街にある。だからといって、この浄水場の水が大野城市の家庭に送られているわけではない。市外に立地する浄水場は他にもある。多々良浄水場は粕屋町、瑞梅寺浄水場は糸島市。水源だけでなく、浄水場の建設場所についても福岡市は他の自治体の助けを借りている。

 本題の高宮浄水場は、福岡市中央区と南区との境にある鴻巣山(100㍍)山腹に1960年3月完成した。浄水能力は1日当たりで最大19万9000立方㍍。現存する福岡市水道局の5浄水場の中では最古にして最大の施設だ。廃止の理由は、完成から半世紀以上が経ち、老朽化が進んでいるためで、廃止に伴い乙金浄水場の浄水能力が現在の1日最大11万立方㍍から18万6000立方㍍に増強される。数字的にはマイナス分の方が大きいが、福岡市の浄水能力は現在、1日最大77万7000立方㍍(福岡地区水道企業団からの受水分も含む)なのに対し、使用水量は平均40万立方㍍、最大でも51万立方㍍。浄水能力にずいぶん余裕がある状況だ。(データは『福岡市水道事業統計年報(平成27年度版)』から)

 跡地はどうなるのか。1975年2月に廃止された平尾浄水場跡地は5年後、福岡市植物園に生まれ変わった。鴻巣山は市街地のど真ん中にある緑地帯で、山腹には浄水場のほか、平尾霊園があり、周囲は閑静な住宅街となっている。ひょっとしたら公園などが整備されるのだろうかと期待したが、跡地はそのまま水道用水の配水池となることが早くから決まっているという。市民への開放を求める意見も議会内にはあったようだが、「水道事業で整備したものであるので、水道事業の中で活用を検討していきたい」というのが市の方針だ。鴻巣山一帯が自然公園みたいなものだから、わざわざ跡地を公園にしなくても、という考えもあったのではないかとも思う。

 廃止に掛かる費用は総額562億円と見込まれている。内訳は、乙金浄水場の増強に250億円、浄水場廃止後の配水池整備に60億円、5浄水場体制から4浄水場体制に変更されることに伴う送水管再整備に210億円などで、これらは当然、水道料金で賄われることになる。浄水場一つ廃止するのにもこれだけ巨額の金がいるのだから、福岡市の水道料金がバカ高いのも当然だと思う。「日本人は水と安全はただだと思っている」などという警句らしきものがあるが、福岡市に住む身としては「水がただ」などと思ったことは一度たりともない。

 もっとも、政令市の中で比較すると、福岡市の水道料金は高い方ではあるが、一番高いわけでもない。福岡市議会事務局発行の『指定都市基本施策比較検討調』(平成26年度決算編)によると、月に20立方㍍の水を使用した場合の料金は、政令市で最も高いのが札幌市の3,585円で、次いで仙台市の3,488円。福岡市は2,788円で、高い方から6番目に当たる。ちなみに一番安いのは大阪市の2,073円。年間換算では、札幌市の水道料金は大阪市よりも18,000円以上も高いことになる。政令市の中でもこれだけでの差があることに少し驚いた。
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二つの請願

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 福岡市南区長住5にある長住中央公園再整備を巡り、地元自治会とソフトボール競技団体が対立、両者が市議会に請願を提出する事態になり、このほど市議会第4委員会で二つの請願が審査された。結果は自治会請願は不採択、ソフトボール側が採択。新聞各紙がこの対立を地方版で取り上げていたが、それによると、審査では競技団体に与する意見が圧倒的だったという。なぜ、これほど一方的な結果になったのだろうか。調べてみると、予想通りと言うか、県・市のソフトボール協会長には自民党関係者の名があり、市協会に至っては同党福岡市議団の幹部が役員に名を連ねていた。自治会側が審判団と思っていた市議会、中でも自民党は相手側のプレイヤーだったのだ。中東の笛どころの話ではなく、これではワンサイドゲームになるはずである。

 問題の発端は、完成から半世紀以上が経ち、老朽化した長住中央公園(約1万7000平方㍍)の再整備に当たり、市側が住民代表を交えて計画案を話し合ったことだ。この話し合いには公募に応じた48人が参加し、計4回の会合が持たれたという。この中で焦点となったのが、有料のソフトボール専用球技場(約6,300平方㍍、写真)の取り扱い。公園面積の3分の1以上を占めながら、 地元住民は自由に立ち入り出来ず、球音になどにも悩まされてきたという。このため話し合いでは専用球技場を廃止し、多目的広場に衣替えするという計画案がまとまったが、これに競技団体側が猛反発したというのが大雑把な経過だ。

 自治会側の請願は中央公園の速やかな再整備を求めるもの、競技団体側は球技場の存続を求めるもので、請願に付された番号から判断すると、自治会側の方が先に出されている。しかし、自治会のサイトには、競技団体側が話し合いのやり直しを求める請願提出の動きを始めたことから、これに対抗する形で急きょ出さざるを得なくなったと記されている。紹介議員に名を連ねたのは、自治会側が自民党3人、競技団体側が自民党13人を含む与野党の計23人で、この中には市ソフトボール協会副会長の市議らも含まれる。なお、自治会側の3人は請願審査前日の夜になって紹介議員を取り消した。自民党が“党議拘束”を掛けたためだという。

 各紙報道によると、委員会審査では、公園整備を巡る話し合いで競技団体の意見を十分に聴かなかったことばかりが問題視され、自治会側請願はあっさり葬られた。微妙な案件では白黒をつけたがらず、継続審査を乱発している議会が、ここまで一方の意見だけに味方するケースはかなり珍しいのではないかと思う。(
「葬り去られる請願80件」参照)

 よそ者の無責任な意見だが、自治会側はわざわざ同じ土俵に乗る必要があったのだろうかと思う。請願は住民が地方自治に参加するための重要な一手段だが、計画案を練り上げた市と住民代表による話し合いもまた、立派な住民自治のはずだ。市議らの横やりが入っても、きちんと手順を踏んでの結論ならば、胸を張っていれば良いことで、また市側は今後、この結論を守る努力をすべきだろう。それにしても一地域の公園整備を巡って党議拘束などという大げさな言葉が出てきたことにはビックリした。
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義務的経費が膨らむ福岡市予算

 福岡市の2017年度一般会計予算案についての予測記事が先日、複数の新聞に掲載されていた。中身はほぼ共通しており、総額は8300~8400億円規模で、今年度の7845億円を大きく上回り、過去最大になる見通しだという。ずいぶん景気のいい書き出しだが、読み進めていくと非常に怪しくなる。主要財源の市税の増収はわずか20億円程度。一方で、義務的経費は今年度当初の3838億円から4450~4500億円まで増大するという。つまり予算規模が膨れ上がるのは、ただ単に経費が600億円以上も増えるからで、これは決して景気のいい話ではない。

 義務的経費が一気に16~17%も増えるなど尋常ではないと思うが、その理由や財源をどう賄うかなどについての説明はどの新聞にも一切なかった。仕方がないので自分で調べたところ、あっさりわかった。市立小中学校教職員の人件費がこの春から、道府県から政令市の負担へと切り替わり、これにより政令市の人件費が増大するためだ。人件費は道府県側が負担しているのに、人事権は政令市側にあるというねじれ現象が以前から問題視されており、制度見直しの議論が進められてきたという。私が無知なのは認めるが、万人に伝わっている話とも思えないので、「4月から市立小中学校教職員の人件費負担が県から市に移管するため…」という程度の説明はあっても良かった気がする。

 義務的経費は人件費のほかに、借金返済の公債費、生活保護や児童手当、保育所運営費等が含まれる扶助費からなり、福岡市の今年度当初予算の内訳は人件費が792億円、扶助費が2096億円、公債費が951億円となっている。この数年、人件費は約800億円、公債費は約1000億円でほぼ一定しているが、扶助費は毎年、増加の一途で、2015年度から16年度にかけても100億円近く増えている。このため17年度予算での義務的経費増大も、最初は扶助費が原因ではないかと疑ったのだが、これはやはり無理があった。

 では、具体的にどれだけの人件費が福岡県から福岡市に移管されるのだろうか。まず教職員数は、福岡市教委の『教育データブック』(2016年7月発行)によると、小学校4,029人、中学校2,229人、特別支援学校735人で、計6,993人。一方、県が公表している15年度のデータでは、平均給与は月額42万3133円で、これをもとにボーナス(年間4・1ヶ月)を含めた年収を計算すると約681万円になる。これらの数字が正しければ、約476億円が県から市の負担に切り替わることになる。これに伴い県から市へ財源の一部移譲や国からの交付税額の調整が行われるのだろう。ただ、476億円では、義務的経費の増大分とはまだ100億円以上の開きがあり、これ以外にも何らかの要因があると思われる。

 教職員の人件費移管は2003年、当時の小泉内閣によって閣議決定された構造改革策の一つで、政令市の次は中核市、さらに最終的には市町村に移管していくことが国の方針のようである。これまで同じ県内では同一条件だった教職員の定数や賃金は今後、自治体間で大きな格差が生じる可能性がある。財政力だけでなく、自治体トップの教育に対する意識の差によっても大きく違ってくるはずで、選挙の際には大きな判断材料になるかも知れない。

 【追記】福岡市の予算案が2月14日発表され、総額は8328億円、教職員の人件費移管による義務的経費の増額は652億円と判明した。上の試算は、教職員数(7,266人)はじめ前提の数字を間違っていたので、訂正する。
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同姓同名

 来年1月29日投開票の佐賀県唐津市議選(定数30)に同姓同名の2人が出馬見通しで、選管が苦慮しているとの報道があった。漢字も読みも全く同じで、選管としては現職・新人の別や年齢等を投票用紙に補記してもらう方向で検討しているという。ただし、補記について周知徹底すると2人の名前だけを選管がPRすることにもなり、頭を悩ませているらしい。

 過去の地方選で同姓同名候補が立候補したケースを調べてみると、2000年3月に行われた福島県柳津町議選に2人の伊藤毅(つよし)さんが立候補している。この時の選管も苦慮したというが、「地域名+フルネーム」(他にも伊藤候補がいたため)という形での投票を有権者に呼び掛け、結果的に案分票はほとんど発生しなかったらしい。ちなみに伊藤毅候補はダブル当選を果たしている。

 市長選でも2人の同姓同名候補が出馬した例がある。現在では合併で消滅した茨城県の某市で1971年にあった話だが、地元では“黒歴史”として記憶されていると思うので、敢えて実名は避ける。リコールでワンマン市長が失職、出直し市長選にリコール運動の中心人物(以下、USさんと表記)が立候補したところ、彼の当選を阻止するため失職市長派がUSさんと同姓同名の人物を担ぎ出したのだ。

 これだけでも噴飯ものだが、この同姓同名氏は政治経験ゼロで、しかも入院中だったという。この時も選管は候補者名の前に地名を付記させるという方法で混乱を回避し、案分票はやはりほとんど出なかったという。選挙結果の方は、USさんが1万票あまりを獲得し圧勝、同姓同名氏の方はわずか42票だった。この二つの例を見ると、たとえ同姓同名候補がいたとしても、有権者側にまともな良識があれば、選管が苦慮する事態にはならないことがわかる。

 なお、茨城県某市で市長がリコールされたのは、職員組合と激しく対立したあげく、組合側を力で鎮圧しようと警備会社のガードマンを独断で臨時職員として雇ったことがきっかけだった。労使対立の原因は、市長が昇給やボーナスに成果主義、能力主義を導入しようとしたことで、これに組合側が猛反発し泥沼の争いとなったという。公務員の成果主義、能力主義など今となっては当然の話で、現在ならば市長の意向は問題なく実現し、反対する組合側が世論の袋だたきにあったと思うが。

 蛇足だが、私も小学生時代に同姓同名の人物に出会ったことがある。学年は私の方が一つ上だったが、奇しくも同じ日に転校してきて、担任となる2人の教員を混乱に陥れた。新しい学校に馴染んだ頃、1学年下に同姓同名君がいることが級友たちの間に知れ渡り、数人の物好きたちが彼の顔を見に行った。どういうわけか返却された彼のテストの点数まで目撃してきたらしく、彼の点数にちなみ、私はしばらくの間「10点君」(100点満点)と級友たちから呼ばれていた。それほど頭に来たわけではないが、考えてみれば、自分が10点をとったわけではないのだから、これほど理不尽な話はない。


 ※今年3月に取り上げた「此の屋敷の供養塔」の来歴についてはさっぱりわからず、途方に暮れていましたが、最近、コメントで耳寄りな情報をいただきました。興味のある方は「荒戸通町」のコメント欄をご覧ください。
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8番目の姉妹都市

 福岡市とミャンマーの旧首都ヤンゴンとが姉妹都市の関係を結ぶことになり、福岡市で7日、調印式が開かれる。福岡市にとっては8番目の姉妹都市で、21世紀に入っての締結は2005年の米国・アトランタ、07年の韓国・釜山に次いで3例目となる。ただし、アトランタとは1993年からパートナーシップ都市、釜山とは89年から行政交流都市という形で交流を続けており、実質的には今回が21世紀になって初の縁組と言って良いだろう。日本とミャンマーとの姉妹都市締結も初めてだという。

 そのほかの福岡市の姉妹都市5都市は、米国・オークランド(1962年締結)、中国・広州(79年。中国相手の場合、名称は友好都市)、フランス・ボルドー(82年)、ニュージーランド・オークランド(86年)、マレーシア・イポー(89年)。

  福岡市が今年度、姉妹都市交流などの国際化推進費として計上している予算は4億7,300万円あまり。この全てが姉妹都市交流に使われるわけではないが、毎年、億単位の金が投じられてきたのは間違いないだろう。海外の都市と行政交流、あるいは市民レベルでの草の根交流を進めることは、「国際理解」あるいは「異文化交流」といった点では多分有意義なのだろうが、私のような一般市民にはどんな交流が行われているのが、それが何の役に立っているのか、非常に見えづらいところがある。

 1980年、広州市から友好都市締結1周年を記念して福岡市動物園に2頭のパンダが貸し出されたことがある。当時、国内では上野動物園にしかいなかったパンダを気軽に地元で見ることができ、これは有り難かったが、どうもこれ以外に交流の成果というべきものが思い出せない。

 その広州でも2012年の尖閣国有化の際は猛烈な反日デモ(実態は大暴動)が吹き荒れたと報道されている。広州の人口は1,000万人を超えると言われ、福岡も150万人。両市でどれだけの市民が交流を深めてきたのかは知らないが、総人口に占める割合は微々たるものだろう。あの国の根深い反日感情は、福岡市との交流程度で和らぐものではない。むしろ、国と国との関係がこじれれば、長年培ってきた都市間交流の実績など簡単に反故にされることが、特に中韓両国が相手の場合は顕著だ。「中国(韓国)との交流中止。子供たち落胆」といったニュースをどれ程耳にしてきたことだろうか。

 ただ、ヤンゴンとの姉妹都市交流に関しては、今までの7都市とは少し毛色が違う気がする。調印式で福岡を訪れるヤンゴン市の一行はかなりタイトな日程で市内各所を視察予定だが、その視察先とは水管理センターの配水調整システム、ゴミ焼却場、ゴミ埋め立て場、浄水場、汚水処理場等々。つまりこの交流によってヤンゴン市側が期待しているのは、上下水道やゴミ処理システムといった都市の基礎的インフラ整備に対する福岡市の技術協力で、福岡市側も地場企業のビジネスチャンスにつながると期待をかけている。経済的なメリット以上に、福岡市の支援によりヤンゴン市民の生活環境が劇的に改善されれば、彼らは福岡、日本に強い信頼を抱くことだろう。

 前述した中国の反日デモだが、大都市の中で唯一、大連だけはデモが起きなかったと言われる。大連は1979年から、北九州市と友好都市の関係にあり、深刻な公害を克服した経験を持つ北九州市は、これを生かして大連の環境改善を手助けしてきた。このお陰で、大連の大気・水質などの状況は中国大都市の中では比較的ましな部類に入るという。北九州市在住時代に聞いた話なので、自画自賛もあるかもしれないが、大連で反日デモが起きなかった理由の一つには、ひょっとしたら友好都市・北九州市の存在もあったのではないかと密かに思っている。

 【追記】福岡市と海外姉妹都市との交流実態について調べていて、かなり笑える話が見つかった。今年9月議会の一般質問で行われた議員と市長ら執行部とのやり取りだ。ニュージーランド・オークランド市との姉妹都市締結30周年を記念して今年9月、市と市議会が“別々の訪問団”を派遣したことに絡んでの話なのだが、やり取りを極めて大雑把に要約すると、議員「市長たちは立派な大型バスに乗っているのに、議員のバスは中古のおんぼろ。オークランド市長の夕食会にも呼ばれなかった。二度とこんな旅はごめんだ」、執行部「議会で主体的にやるからと独自の訪問団を出されたのでは。それに夕食会にはオークランド側も議員さんは出ていませんでしたよ」。血税を使って何をやっているのだか、この人たちは。
 興味のある方は、市議会公式サイトにある会議録速報版を。(※会議録検索システムに掲載後は速報版は削除されます)
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市役所の広告エレベーター

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 先日、福岡市役所の本庁舎に行き、ギョッとした。エレベーターの扉すべてが銀行や明太子屋などの大広告で覆われていたのだ。何となく噂は聞いていたが、区役所には行っても本庁舎に行くことなどは滅多にないので、初めて実物を目にした。いくばくかの広告収入を得ているのだろうが、正直なところ、“アジアのリーダー都市”を僭称している割には少しみっともない気がした。

 エレベーターの広告は2008年から始まったらしい。このほかにも一部区役所の市民課窓口カウンターや市政だより、市の公式サイトなどにもバンバン広告を呼び込み、年間1億4,933万円(2014年度決算額)の収入を得ているとか。貧乏サラリーマンには目がくらむような巨額だが、7,800億円を超える市の歳入に占める割合は微々たるものでもある。広告収入があるからと言って、我々の住民税が下がるわけでもない。

  あまり見目麗しいとも思えない広告エレベーターに対し、これまで議会サイドからは何の指摘もなかったのだろうかと思い、市議会の会議録をあたってみた。意外なことに批判的な意見は見当たらず、「結婚できない人をゼロにという結婚紹介所の広告が掲載されているが、結婚したくない人もいるのだから不適当ではないか」という、どうでも良いような質問があった程度だった。むしろ、「もっと広告を取れ」と市側を叱咤激励する意見が圧倒的だった。

 行財政改革によって支出を削るだけでは足りず、役所も金を稼ぐべき時代なのかもしれないが、市政だよりや公式サイトはまだしも、市役所のエレベーターにまで広告というのは違和感をぬぐえない。削減できる無駄金はまだまだあるのではないだろうか。例えば、どうでも良いような質問をしている市議の皆さんには議員報酬と政活費とで毎年1,800万円を超える金が支払われている。この方々を10人も減らせば、広告収入程度の金など簡単にひねり出せると思うが。

 エレベーター利用者の大半は福岡市職員や出入りの業者だろうが、一般にも開放されている15階の食堂に行くために使用する市民も少なくないことだろう。エレベーターホールを埋め尽くすかのような広告を見て、市民はどう思うのだろうか。「市は創意工夫してお金を稼いでいる」と感心する市民が多いのならば、何も言うことはないが。
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「きららの湯」無償譲渡

 福岡県糸島市議会で28日、市所有の温泉「きららの湯」を民間企業に無償譲渡する議案が可決された。「きららの湯」は2003年、当時の二丈町(前原市、志摩町と合併して糸島市に)が7億6,000万円を投じて建設した施設で、市議会会議録に残る議員発言によると、現在でも2億7,000万円もの資産価値があるという。これを売却ではなく、ただでやるというのだから、糸島市というのは太っ腹な自治体だ。温泉をもらったラッキーな会社は日食システムという地元企業で、ネット上にはほとんど情報がなかったが、「きららの湯」で現在、飲食部門を請け負っているという。

 「きららの湯」には昨夏、二丈岳登山の帰りに2回立ち寄ったことがある。大浴場、サウナ、露天風呂などがあり、入浴料は500円。2回とも非常ににぎわっており、洗い場がなかなか空かない程だった。以前にも触れたが、建設の経緯はかなり面白い。水道用水としてくみ上げていた地下水の水質検査を県が行ったところ、ラドンを豊富に含有する鉱泉だったことがわかり、せっかくだから住民の健康増進に役立てようと町が建設に踏み切ったのだという(水道用水としても問題はない)。湯は、筋肉痛や高血圧などに効能があるらしく、市の発表資料によると、ここ数年は安定して年間14~16万人の利用者を集めている。

 2003年建設だから、それほど老朽化しているわけではなく、むしろ非常にきれいな施設だ。それなのに、なぜ無償譲渡しなければならないのか。市側の言い分は、<1>今後、多額の改修費が必要と見込まれる<2>敷地は貸し付けるため、この賃料と固定資産税で年間3,500万円の財政効果が見込まれる――といったものだ。

 民間委譲にメリットがあるのは理解できるが、だからといって2億7,000万円の物件をただでやる理由にはならないと思う。旧・二丈町時代の話だとは言え、多額の税金を投じて建てたのだから、適正金額で売却するのが筋だろう。よそ者が口を出すなと言われそうだが、実際に地元でも無償譲渡に反発する住民らが団体を結成し、市側に撤回を求めていた。団体名が単刀直入だ。「『きららの湯』をタダでやるな!の会」。しかし、会の訴えは市にも議会にも届かなかった。

 自治体などが所有する公有財産は、庁舎や学校、公営住宅などの行政財産と普通財産に分かれ、地方自治法では普通財産については売却や譲与が可能となっている。「きららの湯」は普通財産に当たるため譲与が可能というのが市の主張で、しかも議会の議決さえあれば、無償であっても問題ないという。地方自治法を読んでみると、確かに市の主張通りではあった。

 しかし、いくら適法とは言え、こんな大盤振る舞いを行った自治体など過去には皆無だろうと思い、「温泉 無償譲渡」をキーワードにネット検索したところ、驚いたことに宿泊施設や温泉施設をただで民間に譲り渡した例がかなり見つかった。多くは老朽施設で、比較的新しい「きららの湯」はやはり破格のケースだとは思えるが、“温泉施設の無償譲渡”といううわべだけを見れば、珍しくも何ともない話だということになる。

 現在、「きららの湯」は第三セクターが運営しているが、来年4月から譲渡を受けた民間企業が担う。施設やサービスはどう変わるのか、あるいは変わらないのか。二丈岳登山の帰りにまた立ち寄り、確かめてみたいと思う。
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