右翼団体集結

旧聞に属する話2010-右翼街宣2

 ヤフードームがある福岡市中央区地行浜には、中韓両国の総領事館も置かれている。この一帯が昨日今日と騒然とした状態だった。別にホークスが7年ぶりの優勝を飾ったからではない。尖閣諸島問題で中国に反発した右翼団体が九州各地から大挙して押し寄せ、中国総領事館前で大規模な抗議行動を続けていたからだ。

 今回の問題を巡る中国の居丈高で薄汚いやり口には、私もはらわた煮えくりかえる思いだ。一人一人に聞いて回ったわけではないので、確かなことは言えないが、多くの福岡市民が同じ気持ちだろう。だからといって、右翼の街宣活動に対する市民の眼差しは、決して温かいものには見えなかった。当然だろう。領事館の周囲には住宅や病院が立ち並び、学校さえあるのだから。

 「ネットウヨ」ではなく行動右翼としての矜持はわかるが、街宣車から大音量でがなり立てる活動スタイルにいつまでもこだわるのは、いかがなものだろうか。中には政党を結成し、国政選に打って出る人もいるが、総じて「独自の戦い」に終わっている。右翼=粗暴、怖いという図式が浸透しているからだろう。

 ネットウヨの多くが、実社会では“普通の人間”だとはよく言われるが、少なくともネット社会ではナショナリズムの高揚が見られるのだ。こういった情勢に現実社会できちんとこたえられる民族主義政党を創設し、小さいながらも国会でにらみをきかせるという構図を作れたら面白いと思うのだが。共産党の右バージョンみたいなものだ。

 誰がこの政党を率いるかというと、例えば、元首相の安倍晋三氏などどうだろうか。成蹊大などというチャラチャラした大学を出ている割には、意外にそのような素養があるように思う。
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大赤字の福岡空港

旧聞に属する話2010-福岡空港

 人を見送りに福岡空港へ行き、何十年ぶりかで送迎デッキに上った。昔の旅客機は騒音がひどく、送迎デッキなど長くいる場所ではなかった。学生時代、この空港に比較的近い場所に住んでいたが、飛行機が上空を通るたびに耳をつんざくような爆音が鳴り響き、テレビの映像も乱れた。卒業後、まったく別の土地で就職したが、騒音のない生活が何よりうれしかったものだ。当時に比べれば、現在の旅客機は実に静かになった。

 この福岡空港、毎年のようにニュースになるのだが、国管理の空港の中で赤字額が最も大きく、その額は先ごろ発表された2007年度収支では実に57億円にも上っている。年間約1600万人もの利用者がありながら、なぜ、このような事態になるのかというと、これも最近は有名になってきたが、空港敷地のかなりの割合を民有地が占めており、地主に対して毎年、莫大な地代(2007年度は84億円)が支払われているからだ。これさえなければ、赤字どころか、逆に数十億円の黒字を計上している計算になる。

 どうしてこのような状況を放置しているのか? 現在、地主らに対しても批判の目が向けられているようだが、根本的には、この国ならではの近視眼的な政策と、国民、中でも農民を甘く見たことが大きな原因ではないかと思う。1988年に発行された『福岡市史』第8巻に、そのあたりの記述がある。

 この空港用地はもともと優良農地だったらしいのだが、戦時中に旧日本軍が半強制的に収用して飛行場を建設。終戦でいったん返還されたものの、直後に米軍に接収されたという経緯がある。国が本格的に土地の買収を始めたのは1956年からだったが、これが極めて難航したという。その理由というのが、『福岡市史』の記述によると、「国による民有地の買収価格と、周辺地の売買実例との格差が大きく、また賃貸料も安いことが障害となっているもので…」。要するに、国側は相場よりも安い価格で買いたたこうとしていたのだ。

 土地を奪われた農家は当時、経営難に陥っていたとされる。だから、安い価格でも手放すと踏んだのかもしれないが、この時点で地主に対して誠意ある対応を見せ、せめて周辺相場並みの価格でも提示していたならば、福岡空港の収支の現状はもう少し変わっていたのではないかと思う。

 2800mの滑走路が一本しかない同空港は、容量限界が近付いているとの指摘もあり、新空港建設を含めた機能拡張策が検討された。結局はコストの問題もあり、現空港を拡張して2本目の滑走路を新設する構想が本命となったが、新空港論者とされた麻生知事はこの結論に極めて不満だったようだ。

 新空港建設について、「バカな九州経済界が無駄な公共事業でぼろ儲けを狙っている」と批判する東京の論者もいたが、そんなに単純なことではない。市街地にある福岡空港は、交通アクセスの良さという点では世界でも有数と言われるが、裏を返せば、危険と隣り合わせでもあり、スペース的にもまったく余裕がない。加えて、借地料に代表される高コスト構造。別に麻生知事を支持するわけではないが、こういった諸々の問題以上に、目先のコストだけで機能拡張論議が左右されたことに、知事は我慢ならなかったのではないか。

 現在、九州地方整備局が滑走路増設計画についての市民意見を募集している。せめてこの機会に民有地買収を本気で進め、永遠に大赤字が続くような構造だけは解消するべきではないかと思う。
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隠し撮り

旧聞に属する話2010-マルくん0922

 この写真、かなりピンが甘い。カメラを構えて近寄ると、怖がって逃げてしまうので、少し離れた所から望遠で撮影したものだ。一種の隠し撮りと言えるだろう。隠し撮りの相手が、自宅で飼っているミドリガメとはおかしな話だが。

 21日まで、最高気温が30度を超える真夏日だった福岡市だが、22日は一気に8度も気温が下がり、いきなり秋が来た。急激な温度変化がこたえたのかもしれない。ミドリガメのマルくんは、シェルターの中にひきこもっている時間が長くなってきた。食欲も少し落ちたようだ。そろそろ寒い時期を乗り切るため、紫外線ライトなどを買いそろえる時期かもしれない。

 冬眠させる気はない。カメの冬眠に絡み、ちょっとしたトラウマがあるからだ。実はミドリガメを飼うのは初めてではなく、10年以上も前、ペットショップで子ガメを買ったことがある。時期は、秋口だったと思う。すぐに寒くなって食欲がなくなり、どうしたものかと考えていたら、家人が知人からの助言を持ち帰ってきた。「水槽の水を抜いておくと、そのうち勝手に冬眠を始めるよ」

 今考えると恐ろしい限りだが、当時(現在も)カメの飼育についてまともな知識がなかったので、その助言を実行に移してしまったのだ。そして、10日間ほど後、子ガメのミイラを発見することになった…。

 その時のカメには今もって申し訳ない気持ちでいっぱいだが、最近になって同じような話を複数聞いた。カメ自体に冬眠するだけの体力が備わっていなかったケースもあるだろうが、我が家みたいにそもそも冬眠のやり方を間違っているケースもあったようだ。きちんとした知識や経験がなければ、暖かい部屋で過ごさせる方が無難ではないだろうか。せっかく我が家にやってきたカメに、今度こそ天寿をまっとうさせてやりたいと思う。
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ジャリパン

旧聞に属する話2010-ジャリパン

 宮崎名物ミカエル堂のジャリパンを久しぶりに食べた。クリームの中にグラニュー糖が粒のまま入っており、口の中でじゃりじゃりする。だからジャリパン。ミカエル堂は主に高校や病院、役所の売店などでパンを販売しており、宮崎市内で生まれ育った人には思い出の味らしい。

 私が初めて食べたのは20数年前、所用で宮崎の病院を訪ねた時だった。小腹がすいたので、売店でたまたま買ったのだが、最初は“不良品”かと思った。はっきり言って、クリームの食感は砂並みだ。宮崎の食べ物の中には、ほかにも見た目や第一印象の悪いものが結構多い。「猫まんまか!」と怒りたくなった冷や汁、白い皮を残したまま食べる日向夏…。

 ジャリパンについては以前、東国原知事の人気に目を付けた大手コンビニが「じゃりパン」の名で類似品を発売したことがあったが、じゃりじゃり感が全然足りなかった。「いくらなんでも、本家そのままでは全国では受けない」と少しソフトにしたのだろうか? 未体験の人は、宮崎に行く機会があったら、ぜひ食べてみて欲しい。値段はスタンダードなクリームが1本95円、チョコやクリーミーチーズなどのバリエーションが116円。ところで、記憶違いかも知れないが、ジャリパンというのは若者たちの間の愛称で、昔は正式名称が別にあったように思うが…。

 その人気の東国原知事、読売新聞が20日朝刊で「不出馬へ」と打ってきた。同紙によると、都知事選出馬に意欲を見せており、すでに後援会には意向を伝えているらしい。宮崎知事選不出馬については既定路線と思えるが、都知事選については今後もすったもんだがあるような気がする。“裏切られた”宮崎県民にとって、東国原人気というのは「一時のあだ花だった」ということになるのだろうか。
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偏食ながらも成長中

旧聞に属する話2010-マルくん

 例によって拾ったミドリガメ、マルくんの話である。昼間はベランダに出している。陸揚げを兼ねたシェルターの上でのんびり日向ぼっこをしたり、暑くなるとシェルターの中で昼寝をしたりしているようだ。

 シェルターはカメが踏ん張ったような形をしている。この上でくつろいでいる時は親ガメの背中に子ガメがのっているようで、非常にユーモラスなのだが、写真を撮ろうとカメラを構えると、怖がってすぐに逃走してしまう。上は、いったんシェルターの中に逃走後、もう一度恐る恐る顔を出した時の写真だ。良く見ると、結構“人相”が悪い。

 餌は相変わらずタイやアジなどの刺身しか食べないが、もう無理に偏食を直さないことにした。その代わりにビタミンB1が入った水質調整剤を使ったり、カルシウム含有の砂利を敷いたりして足りない栄養価を補うことにしている(効果がどの程度あるかは正直、分からないが)。ミドリガメは子供の頃は肉食傾向が強く、大きくなると植物等も好むようになると聞いたので、気長に構えることにしたのだ。以前、小松菜を与えると少しは反応を示したので、いずれは食べてくれるだろう。

 甲羅の長さは約8cm。この春に測った時は7cm弱だったので、偏食ながらも徐々に成長しているようだ。ミドリガメの成長の早さとして妥当なのかは分からないが、たまに水槽の外を散歩させると、意外なほどの素早さを見せてくれるし、甲羅も丈夫なようだ。取りあえずは健康だろうと判断している。

 このカメを海岸で保護したのは昨年11月、我が家に来てからもうすぐ1年になる。
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ムラ社会の候補者

旧聞に属する話2010-共産党さん

 9月11日の夕、福岡市の大濠公園界隈を歩いていたら、共産党が市長選に擁立する人物の事務所開きが行われていた。元KBCアナ・高島宗一郎氏の擁立が浮上した際、福岡市長選には6人が立候補予定と書いたが、その後1人増え7人となった。みんなの党の推薦を得て現職県議が立候補するとの噂もあり、まだまだ増えるかもしれない。乱立は、現職市長への不満が強い証であり、同時に「くみしやすし」と思われているからだろう。

 共産党が擁立するのは、地元の民主商工会事務局長の有馬精一氏。確かこの人の立候補表明が最も早かったはずだが、それにしては全く名前が浸透していないように思う。他党に比べて一本筋が通り、恐らくクリーンであろう共産党さんが擁立する人物だ。人格・識見ともに立派な人なのかもしれないが、肩書が地元民商事務局長ではあまりに地味過ぎないか。年齢も59歳と決して若くない。

 恐らく全国どこでも同じだと思うが、この政党が選挙に擁立してくるのは、県労連、民商、新日本婦人の会などのメンバーや、党と関係の深い弁護士、医師といった顔ぶればかり。元々の支持層を固めるのには都合がいいかも知れないが、こういった候補者で、果たして支持を広げることができるのか。少なくとも過去の福岡市長選や知事選に限って言えば、すべてが「わざわざ候補者を立てる必要があったの」という結果に終わっているように思う。この党には党なりの言い分があろうが。

 こんなことを書くと怒られるだろうが、どうせ選挙で訴えるのは候補者個人というよりも党の主張だろう。だったら、いっそのことイメージ重視で候補者を選考しても良いのではないか。今回のような乱戦模様ならともかく、過去のオール与党VS共産党という図式の選挙で、共産党のムラ社会から候補者が出てきた時は、正直「勘弁してよ」という思いだった。
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大きな愛の鳥

旧聞に属する話2010-愛の鳥1

旧聞に属する話2010-愛の鳥2

 ヤフードーム近く、福岡市中央区地行浜の公園に、巨大な鳥の像が立っている。けばけばしい色彩のうえ、鳥の目付きがやたらと悪く、あまり上品なオブジェには見えないが、世界的に著名なフランスの女性彫刻家ニキ・ド・サンファルという人の作品だ。タイトルは「大きな愛の鳥」。福岡市の買い取り価格は確か億を超えており、1993年の購入当時、一部報道機関が「無駄遣いだ!」とかみついたことを記憶している。

 ニキ・ド・サンファル。女性を中心に熱狂的ファンが多い作家らしく、栃木・那須高原には先頃まで、個人コレクターが開設したニキ美術館があり、かなりの来館者を集めていたと聞く(開設者死去により、現在は閉館しているらしい)。

 この作品の購入は、先々代市長が進めた「彫刻のあるまちづくり」の一環。この事業によって市内には20数体の彫刻が飾られており、ヘンリー・ムーアやキース・へリング(写真下が作品)ら、ニキ以上に著名な作家の作品も含まれる。これらの作品の購入価格も恐らく結構な値段だったことだろう。

 福岡市がこの事業を進めた昭和末期から平成初期(いわゆるバブル景気の時代)、全国の多くの自治体が同じようなまちづくりを進めている。地元の若手を育てるため、彼らの作品を買い上げていったケースもあったようだが、目玉として国内外の有名作家の作品を買いあさった都市も多かったのではないか。この時代、美術商にとって日本の自治体は結構なお得意さんだったに違いない。

 国内全体が不況に沈む今、いくら文化事業とは言え、気前よく彫刻を買い続けている自治体など恐らくないだろう。福岡市も2001年を最後に、この事業による彫刻設置は途絶えている。気になるのは、あの時代に買い上げた作品が先物買いだったのか、それとも無駄遣いだったのかという点だ。「野暮」と言われるかも知れないが、各作品の現在の鑑定価格を知りたいところだ。専門家に鑑定を依頼すれば、また公金を使うことになり、それこそ「無駄遣いだ!」と非難されそうだが…。


旧聞に属する話2010-ヘリング
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絶景と焼きトウモロコシ

旧聞に属する話2010-トウモロコシ

旧聞に属する話2010-阿蘇五岳

 5日に長者原を訪ねた際、阿蘇菊池スカイラインの展望所まで足を伸ばし、久々に名物の焼きトウモロコシを食べて来た。ご存じの人も多いだろう。ここの焼きトウモロコシはびっくりするほど甘い。しかも値段は1本200円。約100台が駐車できる展望所の駐車場はほぼ満杯状態だったが、見た限り展望所にいた全員がトウモロコシをほおばっていた。我が家と同様、これを目当てに車を走らせて来た人も多かったのではないか。

 阿蘇菊池スカイラインは、熊本が誇る大自然・阿蘇と菊池渓谷とを結ぶ道路で、阿蘇の外輪山の上を走っている。スカイラインの名に恥じない絶景の道路だが、中でもこの展望所からの眺めは素晴らしい。阿蘇で眺望抜群の場所と言えば、同じスカイライン沿いにある大観峰が有名だが、大観峰からとは違う角度で、阿蘇五岳やカルデラ、外輪山などの雄大な景観を楽しめる。

 土産品店や食堂、トイレなどひと通りの施設がそろった大観峰とは違い、スカイライン展望所には何の施設もないのだが、週末の混雑ぶりは引けを取らない。これは眺望とともに、焼きトウモロコシの魅力のせいもあるだろう。昔は穴場的なスポットだったが、最近では観光情報誌などで「阿蘇に行ったら、名物の焼きトウモロコシを食べよう」などと紹介されていることもあり、わざわざ訪ねる人も多いようだ。

 展望所があるのは、 阿蘇市湯浦。大観峰からは車で十数分のところ。焼きトウモロコシの店は週末限定の出店と思われる。



より大きな地図で 焼きトウモロコシの駐車場 を表示
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タデ原湿原の花々

旧聞に属する話2010-タデ原湿原

 先日激しい夕立に襲われ、散策をあきらめた大分県九重町の長者原・タデ原湿原を再訪してきた。ここは「くじゅう・坊ガツル」と共にラムサール条約登録湿地となっており、世界的に貴重な湿原だ。

 写真は1枚目がタデ原湿原全景。2枚目以降が湿原で撮影した花々で、順にヒゴタイ、(以下は多分)タムラソウ、サワギキョウ、サワヒヨドリ、花の落ちたハンカイソウに止まる赤トンボ。花の名前については、以前紹介した『九重に咲く花』(上野哲郎著、不知火書房刊)を参考に調べた。

 ヒゴタイ以外は一見地味で小さな花ばかりだが、アップで見てみると、意外に個性的な花が多い。このほかにもワレモコウなどが湿原や周囲の草原を彩っている。

 タデ原湿原は、くじゅう山系への登山口、標高1000m程のところにある。下界はいまだに最高気温が35度を超える猛暑日が続いているが、ここは完全に秋の風情だ。朝夜の気温は恐らく相当下がるのだろう。湿原横にある環境省の長者原ビジターセンターの事務室には石油ストーブが並んでいた。

旧聞に属する話2010-ヒゴタイ

旧聞に属する話2010-アザミ

旧聞に属する話2010-サワギキョウ

旧聞に属する話2010-サワヒヨドリ2

旧聞に属する話2010-赤トンボ
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母校の裏山

旧聞に属する話2010-裏山2

 ちょっとした用事があって母校の高校に行った。卒業から数十年。校舎は建て替わっているうえ、配置も変わり、昔の面影はまったく残っていないのだが、竹が生い茂った裏山だけは以前の雰囲気を残している。「裏山があるなど、どんな田舎の学校だ!」と言われそうだが、この裏山の広さは猫の額ほどで、この周囲には今も昔も住宅街が広がっている。なぜ、この裏山だけがポツンと取り残されているのか、結構不思議な存在なのだ。

 今は学校の敷地とはブロック塀で隔てられているが、昔は何もなく、放課後などは山岳部の連中が勝手に入り込み、わざわざロープを使って木に登っていた。ロッククライミングの練習を気取っていたらしいが、ほとんど小学生のターザンごっこで、あまり見た目は良くなかった。

 春になるとタケノコが取れた。貧しい暮らしをしていたので、一度ごっそり持って帰ったところ、その日の夕飯で煮付けになって出てきたことがある。家族にはえらく喜ばれ、私もうれしかったのだが、その後、恐ろしい話を聞いた。当時は裏山のすぐ近くに1組の教室があったのだが、このクラスのX君が「トイレが遠くて面倒くさい」と良く裏山に行っていたらしいのだ。その話を聞いて以来、二度と裏山に入ることはなかった。

 裏山をトイレ代わりにしていた、とんでもないX君は現在は牧師をしているらしい。彼が神の教えを説いているなど到底信じられないことだ。
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