# 旧聞since2009

# 高速道の路肩で休憩!

旧聞に属する話2011-由布岳

 読売新聞のサイトに、興味深い記事が掲載されていた。一部高速道路が無料化されて以降、大分県内では路肩に停車したり、ノロノロ運転したりする輩が増え、警察が大いに頭を痛めているのだとか。なぜ、路肩に停車するかというと、休憩や景色を眺めるためらしい。

 あきれ返る話だが、予想された事態だと思う。昨年4月、大分空港道路を題材に「時速70kmの花見」という話を書いた。ここが無料になったら、せっかくの高速道路が妙に一般道路化してしまい、路肩に車を止めて花見を始める人間が出てくるのではないかと心配したのだ。花見の季節にはまだ早いが、懸念した事態はすでに起きていたのである。

 無料化された路線だから、交通量の多い幹線道路ではないが、片側一車線の道路がほとんどだ。迷惑ドライバーたちは当然ながら深刻な渋滞要因となっている。民主党の無定見なばらまき政策が、いかに国や地域にとってマイナスとなるかを証明する分かりやすい例と言えるだろう。このほかにも悪名高き子ども手当や高校授業料無料化、農家への個別補償…。ばらまきはすべて震災復興に回せば良いのだ。

 カット写真は大分自動車道の由布岳SA。ただし、ここは無料化路線ではない。
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# こども病院はどこへ行く

旧聞に属する話2011-こども病院

 東日本大震災は直接被害のなかった西日本にも影響を及ぼしている。福岡市では、こども病院の博多湾人工島(アイランドシティ)移転が長いこと論議を呼んでいるが、大震災の発生を受け、埋立地への移転を危惧する声が勢いを増しているようなのだ。

 この問題を巡っては現在、高島宗一郎市長の市長選での公約に基づき「こども病院移転計画調査委員会」が開かれている。委員の中には、人工島移転に反対してきた患者家族代表も含まれているが、先頃開かれた会合では、震災により大規模な液状化現象が起きた千葉県浦安市の惨状を示し、埋立地移転の危険性を強硬に訴えたらしい。新病院が十分な耐震設計であることを強調する市側に対し、傍聴席からは「想定外を考えろ!」との野次も飛んだようだ。

 患者家族の立場として非常にもっともな意見だとは思うし、多くの市民の賛同も得ているようなのだが、だからと言って、彼らが主張する現在地建て替えが妥当なのだろうか。現病院は菰川という小河川の河口近くにある。さらにすぐ東側には、警固(けご)断層と呼ばれる活断層が走っている。今回の大震災のような「想定外の事態」が起きれば、人工島と同様、無事では済まない可能性もあるだろう。

 以前にも書いたが、人工島は福岡市にとっての不良資産みたいなもので、莫大な費用を投じて埋め立てたものの大量の土地が売れ残っている。こども病院移転が、売れ残った土地処分のためであるのは明らかであり、移転決定に至るプロセスにも不明朗な部分が多々あった。調査委員会はこのプロセスを検証するためのものと私は理解しており、実際に委員会の場では、現地建て替え費用の見積もりにおいて、市が市民を欺いてきたことが暴露された。建て替え場所を人工島に決めるためには、なりふり構わなかったことが明らかになったのである。しかし、その一方で反対派の主張にも少々違和感を感じた。

 人工島にはすでに4000人近い人が住んでいる。しかも、小学校区別の人口統計で判断する限り、患者家族と同様に子育て世帯が圧倒的に多い<注>。なのに反対派は、この場所を雪が降っただけで交通が途絶する場所だと非難し、地震が起きれば液状化現象で壊滅する危険地帯だと断じたのである。懸念は分かるが、そこに住んでいる人への配慮はあったのだろうか。人工島住民の中には、こういった主張にうんざりし、こども病院を毛嫌いする声も生まれていると聞く。不幸なことである。

 調査委員会の最終会合は4月17日に予定されている。そこでどのような結論が出されるのか。少なくともこれまでの議論では、新たな候補地の選定や評価にはほとんど踏み込んでいないように思う。

 <注>福岡市教委がまとめた校区別の世帯数・年齢別人口によると、人工島(照葉小学校区)の人口は昨年12月現在で1317世帯、3865人。うち14歳未満が1306人を占めている。

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# 風レンズ風車

旧聞に属する話2011-風車

旧聞に属する話2011-風車2

 福岡市早良区百道浜の海浜公園で1年半ほど前から、風力発電用の風車3基が回っている。「風レンズ風車」という名前で、姿形は少し変わっている。ブレードがむき出しではなく、周囲にカバーが取り付けられているのだ。微風でも効率的に発電できるよう、このカバーで風を集める仕組みらしい。開発したのは地元・九州大の研究グループだ。

 1基当たりの定格出力は3kW。生み出された電力は、海浜公園の一部照明や、レストハウスに置かれた携帯電話の充電器に活用されている。充電器の利用は無料だ。実証実験のための施設だから、発電量も活用法もささやかなものだが、九大側は最終的には、超大型風車を洋上に多数並べた大規模発電施設の建設を構想しているという。

 風力発電事業に対しては、事業仕分けで補助金が大幅に削減されるなど、明らかに逆風が吹いていた。しかし、不幸にして福島第一原発で事故が起き、原発の存続に黄信号がともった。少なくとも新設については極めて厳しい状況になったと言えるのではないか。

 この状況の中で、国内の電力需要を将来にわたって賄うことを考えれば、風力発電への注目度がこれまで以上に高まるのは間違いない気がする。現実に株式市場では、補助金削減により経営が悪化していたはずの「風力発電のデベロッパー」日本風力開発の株が一時、ストップ高まで急騰したという。

 自然破壊や発生する低周波による健康被害など、風力発電も様々な問題点を抱えており、必ずしも「クリーンエネルギー」と呼ばれる代物ではないだろうが、今回の原発危機が、風力発電に対する社会の評価を変えた可能性はある。九大の構想も、もはや絵空事ではないかもしれない。

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# 九重連山まだ冬景色

旧聞に属する話2011-長者原雪

旧聞に属する話2011-菜の花

 26日、大分自動車道を走っていて大分県日田市を過ぎたあたりで雪に見舞われた。北部九州もここ数日、冬に戻ったような寒さが続いているが、福岡では一応サクラも開花している。「3月も末になってまさか雪とは」と最初は少し驚いた。

 由布院ICで高速を降り、「やまなみハイウェイ」を通って飯田高原に向かったところ、道沿いの斜面にはところどころ新雪らしき雪が残っていた。麓がそんな状態なのだから、長者原から見た九重連山は、まだ冬景色だった。

 一般道を通っての帰り道。福岡県朝倉市にある「道の駅原鶴」で休憩したところ、目の前にある休耕田が菜の花で黄色に染まっていた。その数20万本と聞いたが、ちょうど今が見頃のようだ。

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# サクラは咲いたが

旧聞に属する話2011-サクラ

 福岡市に22日、サクラの開花宣言が出された。と言っても、ちょうど寒の戻りの最中。市内有数のサクラの名所・中央区の舞鶴公園を24日夕に歩いてみたが、一部の木で数輪がほころんでいた程度だった。見頃は少々先だろう。昨年は開花が3月14日とべらぼうに早かった。20日過ぎには満開だったこともあり、今年はずいぶん遅いような気がしていたが、実は平年より4日も早いらしい。

 舞鶴公園では開花前の18日から「福岡城さくらまつり」が開かれているが、東日本大震災の発生を受けてメーン行事のライトアップやステージイベントなどは中止となった。事実上の開催自粛と言っても良いだろう。全国各地の桜まつりの中にも中止を決めたところは多いようで、夜桜見物を楽しみにしていた人は残念に思っているに違いない。

 三陸沿岸や福島の人々の苦難を思えば、個人的にはお祭り騒ぎの自粛は仕方ないと思うが、書き入れ時に仕事を奪われ、苦しい状況にある業種もあるに違いない。東京商工リサーチによると、震災に関連して全国初の倒産が出たが、何とそれは福岡市のイベント会社だった。もともと経営が厳しかったところに、震災で有名ミュージシャンの公演が相次いで休止になり、資金繰りが行き詰まったという。

 電力事情が今のところ逼迫していない西日本の場合は「普通の生活」を続けた方が被災地復興のためにもベターなのかもしれないが、それでも後ろめたさは残る。難しい問題だなと思う。

# 東京疎開作戦

旧聞に属する話2011-富士山

 都内に住む家族が23区内の別の場所に引っ越した。「この非常時に」とも思ったが、早くから決まっていたので仕方ない。手伝いのため新幹線で東京に向かったが、えらく乗客が少ないのに気づいた。逆に帰りは品川以降ずっと満席状態。しかも小さな子供連れの女性が異常に多かった。3連休直前だった関係かもしれないが、「疎開」という古い言葉が思い浮かんだ。

 都内の日用品不足は深刻だった。のんきな家族が「トイレットペーパーが切れかかっているんだけど」と言うので、「どうするつもりだよ!」と慌てて西武沿線に多い有名スーパーに走った。だが、商品棚はものの見事にカラ。辛うじて購入できたのが、昔懐かしい束になったチリ紙だった。九州の田舎でも今は見ない。急場はしのげたが、今なお製造されていたことに少し驚いた。

 売り場をしばらく眺めていて興味深かった。チリ紙を手に「良かった~」というような表情でレジに急ぐのは年配の方々ばかり。若い人は手に取ってしげしげと眺めた後、結局買わない人が多かった。「水洗使用可」とは書かれていたが、ちゃんと流れるのか心配だったのだろう。私自身も水洗に使うのは初めてで、最初は恐る恐るだった。

 生活用品の流通量自体は普段以上に多いらしいのだが、店頭からこうも商品が消え、電力事情も逼迫している状況下だ。被災地への物資を確保するため、疎開と言っては大げさだが、西日本に実家がある人には緊急避難的な里帰りを奨励してはどうか。ちょうど春休みに入ったことでもある。しばらく時間をおけば、首都圏も落ち着くことだろう。西に向かう新幹線や飛行機はますます混雑するかもしれないが、交通機関が潤うのは悪いことではないはずだ。

 写真は16日、東京行きの新幹線車中から撮った富士山。前日、静岡県富士宮市で震度6強の地震があり、心配したが、東海道・山陽新幹線は朝から通常運転だった。富士宮市も大きな被害はなかったという。日本はやはりすごい国だと思う。

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# 支援呼びかけのメール

旧聞に属する話2011-メール

 東北・関東地方を襲った巨大地震の被災地支援のため、物資の提供を呼びかけるチェーンメールが13日、家族に転送されてきた。出先だったため、帰宅次第、被災者の手助けになるものを準備しようと思っていたところ、その出先で、早速衣類(なんとダウンジャケット8着!)を持って行ってきたという知人にたまたま出会った。

 知人によると、受付場所の周辺は食料や衣類、紙オムツなど様々な物資を抱えた人で大混雑、呼びかけ人の手に余る状態に陥り、早々に打ち切られたという。知人は、手際の悪さに憤っていたが、一方で、一帯を埋め尽くすほどの市民が集まったことに非常な感動を覚えたと語っていた。呼びかけ人は、まさかこれほどの善意が殺到するとは予想もしなかったのだろう。

 この一件は14日の各紙朝刊に掲載されていたが、中には批判的に報じているところもあった。呼びかけ人が4月の県議選への立候補を予定している会社社長ということもあり、明言はしていないものの、売名行為を疑っているようにも読み取れた。私も知人から、とある政党の旗を持った人間が会場周辺に複数立っており、変な雰囲気だったと聞いた。調べてみると、呼びかけ人の社長はこの政党の公認を得ているようだ。

 売名だろうが何だろうが、被災地のためになるのならば構わないと思うが、社長が集まると予想していた物資の量は「軽トラック1台分」だったらしい。恐らくその何倍もの量が集まり、彼の会社にきちん被災地へ送り届ける能力があるのか気になるところだ。私は一歩出遅れたので偉そうなことは言えないが、集まった物資をどうやってどこに送ったか、事後の報告はきちんとしてほしいと思う。

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# 九州新幹線、地味に開業

旧聞に属する話2011-九州新幹線

 九州新幹線が12日、全線開業した。前日に東日本で巨大地震が起きたため祝賀イベントなどはほとんど中止になった。長年の悲願が実現したというのに、報道も片隅に追いやられ、地味な地味なスタートとなったが、「それはそれ、これはこれ」とドライに割り切ることができないのは日本人の美徳の一つだ。祝いごとは、いつでもできる。巨大地震で犠牲になられた方々のご冥福と、被災地の一日も早い復興を心から祈りたい。

旧聞に属する話2011-12日夕刊各紙

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# 博多で人気だったメア氏

旧聞に属する話2011-領事館標識

 沖縄県民を侮辱する発言をしていたことが明らかになり、猛烈な反発を浴びている米国務省のケビン・メア氏は福岡アメリカ領事館の主席領事を務めていたことがある。在任期間は2001年7月までの3年間で、福岡時代は「青い目の山笠(やま)のぼせ」として有名だった人だ。

 山笠のぼせとは、福岡を代表する祭り博多祇園山笠に熱中する人のことを言い、メア氏は毎年祭り期間中、締め込み姿で博多っ子と一緒に「オイサ、オイサ」と山笠を担いでいた。離任の年も、祭りのフィナーレ追い山(7月15日早朝にある)までしっかり参加し、翌7月16日に後任と交代したという伝説を残している。本来は4月で離任の予定だったが、「最後まで山笠に参加させろ」とわがままを通し、後任を3か月半ワシントンに待たせたという話も福岡では伝わっている。

 山笠の中で「集団山見せ」という観光色の強い行事があるのだが、この際は福岡の知名士が台上がり(山笠の上に乗って担ぎ手を指揮すること)する習わしだ。締め込み姿を嫌がらない領事が参加することも多いが、山笠の自治組織・流(ながれ)の中に飛び込み、自ら山笠を担いだ人は珍しい。歴代領事の中では圧倒的に人気があった人だと思う。だからこそ、今回のメア氏の発言を残念に思っている福岡市民、とりわけ山笠仲間は多いに違いない。

 メア氏の日本部長更迭が伝えられた10日夕、中央区の大濠公園そばにあるアメリカ領事館に行ってみた。この問題があったためか、普段以上に物々しい警戒ぶりで、領事館に向けてカメラを構えると、制服警官が寄ってきて、言葉は丁寧ながら撮影データの削除を要請された。予想通りだったので、素直に従った。標識などをカット写真に使っているのはそのためである。

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# 幻の「あじあ号」保存計画

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 北九州市で以前、次のような話を漏れ聞いたことがある。同市の門司港レトロ地区で2009年春から、旧貨物線のレールをトロッコ列車が走り、観光客の人気を呼んでいるのだが、何とこの路線に「あじあ号」を走らせる壮大な構想があったという。

 「あじあ号」とは、終戦まで事実上の日本統治下にあった中国・満州(現在の東北部)を疾走していた南満州鉄道の特急列車で、最高時速は、当時として破格の130km。「あじあ号」投入までは2日間かかっていた大連―新京間701kmを8時間半で結んだ“夢の超特急"だ。驚くことに、全車冷暖房完備だったという(このあたりの記述は川村湊著『満州鉄道まぼろし旅行』などを参考にした)。

 「あじあ号」を牽引していたのは、純国産の超大型SL「パシナ」。戦後、多くの車両は旧ソ連が接収し、勝手に自国に運んだというが、ごく一部が中国国内に残された。このうちの一両が、かつての始発地だった大連に野ざらしに近い状態で保管されていた。これを同市と友好都市の関係にあった北九州市の関係者が知り、一時「パシナ」の帰還運動が起きたらしい。

 関係者らは、仮に修理可能ならば、冒頭書いたように門司港レトロ地区の旧貨物線を走らせ、観光資源として活用する腹積もりだったようだ。結局、この構想は、一歩も進むこともなく幻で終わった。

 理由の一つは、費用の算段がつかなかったためのようだ。動態保存実現のためには、「パシナ」を北九州まで運搬したうえで、現実に走れるように修理する必要がある。門司港レトロの旧貨物線は線路幅が狭い狭軌だが、「パシナ」は現在の新幹線並みの標準軌を走っていた車両のため、線路の改良も必須。どう考えても、巨額の金が必要になる。中国側が戦勝遺産を手放すことを良しとしなかったことも決定打になったと聞く。

 旧満州で生まれ、幼いころ、「あじあ号」に乗った経験があるという人に偶然出会ったことがあるが、引き揚げ後、初めて日本のSLを見た時「トロッコ列車と見紛うぐらい、ちっぽけに見えた」と語っていた。それほどに「あじあ号」を牽引した「パシナ」は巨大だったらしい。

 大連にあった「パシナ」が現在、どのような状態にあるかは知らないし、中国という国の難しさはわかるが、この構想に何とかもう一度取り組み、実現できないかと思う。

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駄田泉

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福岡の中小企業に勤める定年間近の中年オヤジです。物忘れが激しくなったため、ボケ防止のためにブログを書いています。主に福岡の情報を紹介していますが、タイトル通り、新しい話は何もありません。Twitterではたまに、胡散くさい情報を発信。