炎天下で母校を応援

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 今年の夏、生まれて初めての経験をさせてもらった。高校野球の福岡県南部大会で、母校の野球部をスタンドから応援したのだ。「生まれて初めて」とは少々大げさな表現だが、私の在学中は野球部がなかったのだ。

 生徒数が極端に少ない学校ならばともかく、全校生徒が1000人を大きく超え、うち6割が男子だった。なのに野球部がないなど当時から珍しい存在で、私を含めて運動部のバカ数人が「野球部がないのは寂しいから、みんなで作ろう」などと騒いだこともある。別のスポーツをやっていたのだから、そもそも本気であるはずがない。私に至っては野球経験などまったくなく、単に面白そうだから話に便乗していただけだった。

 ところが、この冗談話が教師たちの耳に届き、一人のバカな英語教師が授業中に「なぜ、我が校が野球部を作らないか」を大まじめに語り出したのである。この教師は「甲子園でも出場したら、野球部が増長してろくなことにならない」という趣旨のことを話したと記憶している。思い出しても、やはりバカな教師である。増長するも何もそんなに簡単に甲子園に出場できるものか!

 我が母校は今夏、残念ながら初戦敗退した。炎天下の野球観戦は体には応えたが、なかなか楽しかった。悲願の夏1勝を見届けるため、来年もぜひ応援に行きたいと思う。

 福岡大会は、選抜準優勝の九州国際大付属が2年ぶりの甲子園出場を勝ち取った。実力通りの結果とは思うが、少し気になったことがある。決勝を戦った九州国際大付属と東筑は、いずれもこの試合が6試合目。ところが、準決勝で敗れた大牟田はこの時点で7試合目だったのだ。決勝まで勝ち残っていれば、8試合目を戦わねばならなかった。いくら元気な高校球児とは言え、酷暑の中では体力の消耗も激しいだろう。試合数が2試合も多い学校があるのは少し問題ではないか。

 初戦が1回戦か、2回戦かで1試合の差が出るのは、組み合わせの運・不運で仕方ないと思う。福岡県の場合、南北大会を勝ち抜いた“19校による県大会”など不可解なことをやっているから、ベスト16を決めるため、19校のうち6校だけが4回戦を戦わねばならないことになる。1、4回戦がシードだった学校と、今回の大牟田のように1回戦から皆勤の学校との間で不公平が生まれるのである。

 これを解消するためには、県大会出場校を16校に戻すか、多くの学校に県大会を経験させたいと思うのならば、いっそのこと32校にすべきではないか。あるいは南北大会などやめて、最初から135校による大トーナメントを行ったら良い。福岡よりも出場校が多い神奈川、千葉などはその方式なのである。
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セミの大合唱ようやく


 「セミの鳴き声が聞こえない」と先日書いたが、ようやく大合唱が始まったようだ。1週間前に抜け殻の数を調べた際は非常に静かだった福岡市の博物館、総合図書館周辺は24日、「ワシワシ、シャーシャー」とクマゼミたちが大騒ぎだった。抜け殻など木に鈴なりの状態で、数える気にもならなかった。全国的な状況はわからないが、セミの数が今夏は少ないのではなく、本格的な羽化が1週間程度遅かっただけなのかもしれない。

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城南中が3連覇



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 中学ラグビーの福岡県大会決勝が23日、福岡市中央区の舞鶴公園球技場で行われ、城南中が24-0で百道中を下し、3連覇を飾った。

 試合前は互角の戦いを予想していたのだが、BK陣のスピードと展開力に勝る城南中が終始優位に試合を進めた。前半こそ百道中の気合の入ったディフェンスに阻まれ何度か決定機を逃したが、前半終了間際に先制トライを決めると、後半ラスト10分には猛攻を見せ3トライ(2ゴール)を重ねた。百道中はキックを主体に攻撃を展開したが、ラインアウトでミスを重ねるなど少し決め手を欠いたようだ。

 九州大会は7月31日から3日間、例年同様、大分県日田市中津江村の鯛生スポーツセンターで開かれるが、この日の試合結果により、城南中が全国大会に通じるAパートに、百道中がBパートに出場することが決まった。

 九州ラグビー協会のサイトにすでに組み合わせが掲載されているが、城南中の初戦の相手は鹿児島県代表。これを突破すれば、準決勝で熊本―長崎県代表の勝者と対戦することになる。熊本はこの週末に代表が決まるようだが、長崎はすでに昨年の全国大会出場校・三和中が九州大会出場を決めている。どちらにしても九州中学ラグビー界の強豪県だ。

 昨年創設された中学ラグビーの全国大会は今年、茨城県水戸市に会場を移し、規模も拡大して9月17~19日に開かれる。出場チームは中学、ラグビースクールとも各8チームに倍増、九州には各2の出場枠が与えられている。九州大会の準決勝は、決勝進出だけでなく全国大会出場をも懸けた一戦になるわけで、例年以上の激戦となることだろう。


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今年も城南中VS百道中で決戦


 中学ラグビーの福岡県大会準決勝が18日、福岡市中央区の舞鶴公園球技場で行われていた。最近、福岡県内の中学世代のラグビーはこの球技場が主会場になっているようで、先頃日程を終えたラグビースクールの大会もここで激闘が続いていた。九州大会に出場できるチームは部活もスクールも一握りで、多くの選手たちはこの会場が最後の舞台となる。個人的な思いだが、もう少しましな会場を用意できないものだろうか。

 球技場がある舞鶴公園は福岡城跡地で、緑豊かな環境の中にある。市中心部にも近いため、交通の便も非常にいい。だから会場として選ばれているのだろうが、写真で分かるように、球技場を名乗りながらも、実態はただの乾いた土のグラウンドだ。

 風が吹けば激しい砂埃が舞い、雨が降れば田んぼのようになる。梅雨時に行われるスクールの大会は、毎年のように悪コンディションの中で試合を強いられる子供たちがいる。それはそれでラグビーの醍醐味かもしれないが、ラグビーの盛んな福岡には、天然芝や人工芝の立派なグラウンドがほかにも多数あるはずだ。仮に会場使用料がネックなのであれば、ジュニア世代育成の重要性に鑑み、施設側に配慮をお願いしたいものだ。

 この日の準決勝は、城南中と百道中が勝利し、決勝は2年連続で同じ顔合わせとなった。第1試合は城南中がスピードあふれる展開力でトライを量産する一方、長丘中を無得点に封じて圧勝。百道中と自彊館の対戦となった第2試合(写真)は、百道中が自彊館の粘り強いディフェンスに苦しみながらも、勝負どころで鋭い突破を見せ、27-3で快勝した。城南中の3連覇か、百道中が昨年の雪辱を果たし3年ぶりの優勝を勝ち取るか。前哨戦の戦績はほぼ互角らしい。決勝は23日、同じ会場で行われる。
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セミの鳴き声が聞こえない

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 16日朝、クマゼミが1匹「ワシワシ」と大音量で鳴いているのに気付いた。北部九州は7月9日、平年より10日も早く梅雨明けし、以来猛暑の日々が続いている。なのにクマゼミやアブラゼミの鳴き声をあまり聞かないと首をひねっていたところだ。平年ならば7月中旬からが夏本番。セミの大合唱もこれから本格化するのかもしれないが、我が家の周囲で鳴いているクマゼミは、まだ孤軍奮闘気味のようだ。

 現実にどの程度のセミが羽化しているのかと思い、例年ならばクマゼミやアブラゼミが「ワシワシ」「ジージー」と大騒ぎしている福岡市博物館、総合図書館周辺で抜け殻の数を調べてみた。虫に刺されながら1時間ほど歩き回り、計7匹分の抜け殻を見つけることができた。大きさからして、クマゼミやアブラゼミで間違いないと思う。午後だったこともあり、成虫の姿はクマゼミもアブラゼミもまったく見かけなかったし、鳴き声も聞かなかった。

 抜け殻調査など初めて行ったのだから、比較材料はまったくないので、7匹という数が多いか少ないかは判断できない。しかし、あくまでも感覚的なものだが、意識して探して7匹ではやや少ない気がした。セミに関する資料がないものかと思い、ついでに図書館に立ち寄ったが、同じ昆虫でもチョウやアリ、ハチなどについて書かれた書籍はあるのだが、不思議とセミに関するものはない。

 帰宅後、ネットで検索してみて合点がいった。考えてみれば、寿命の大半を、人間の目に見えない地中で過ごしている昆虫なのである。生活史は謎の部分が多く、クマゼミに至っては羽化するまで何年地中にいるかも正確には分かっていないらしい。

 一応、地中でまる6年間過ごした後に地上に出てくるという説があったので、これに従って計算すると、今年鳴いているクマゼミは2005年夏に生まれたことになる。この年の春、福岡では西方沖地震が起き、埋め立て地である博物館や図書館一帯は液状化の被害を受けている。

 地中にいた幼虫たちが液状化でダメージを受け、2005年の夏以降、羽化する数が徐々に減ったというストーリーを考えたのだが、セミの数が少ないのは別にこの一帯に限った話ではないようだ。新聞の投書欄などには「今年はセミの鳴き声を聞かない」という声が各地から寄せられ始めている。専門家によるきちんとした考察を聞きたいものだ。
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鴻臚館跡、ようやく一部開放へ


 福岡市中央区の平和台球場跡地が一部芝生に変わっている。この場所ではずいぶん長い期間、古代の迎賓館・鴻臚館遺跡の発掘調査が続いており、つい先ごろまで穴ぼこだらけだった。ほぼ球場跡地全体に広がる遺跡のうち、かつての外野部分に当たる南半分の調査がようやく終わったので、一部を史跡公園化して市民に開放するということらしい。

 史跡公園と言っても、そんなに大掛かりなものではない。これまでの発掘調査で、鴻臚館には堀をはさんで北館、南館二つの建物があったことが明らかになっている(下図参照、市教委の説明板から)。これらの建物を芝生の上に置いたゴムチップで表示し、堀は砂を敷いて表現する程度らしい。市の公式サイトによると、19日から一般開放されるようだ。

 それにしてもこの発掘調査、いったいどれだけ時間が掛かるのだろうか。平和台球場が解体された1998年に始まっているから、すでに13年目になる。1987年の遺跡発見から数えれば、すでに24年だ。1998年の発掘調査開始前には、確か2007年度までの10年間で調査を終えると発表されていたが、球場北半分(内野側)の調査は一向に終わる気配がない。予算が足りないのか、人手が足りないのか、それとも市の熱意が足りないのか…。

 発掘調査終了後、一帯には建物が復元され、大規模な史跡公園になると聞いている。芝生公園はそれまでのつなぎみたいなものだが、この調子ならば、相当長い間つなぎを務めることになりそうだ。

 
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緑の中の九州歴史資料館

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 新しい九州歴史資料館は深い緑の中にある。12日、新資料館を初めて見学してきた。公式サイトに「西鉄三国が丘駅から三沢遺跡内の遊歩道を通って徒歩10分」と案内されていたので、てっきり整備された遺跡公園を想像していたが、ほとんど山だった。森の奥からは「ホーホケキョ」という鳴き声が聞こえ、目の前をバッタが次々に飛び去っていった。あれだけ大量のバッタを見たのは、虫捕りに明け暮れていた小学生時代以来ではないだろうか。

 九州歴史資料館が太宰府市からこの地に移転してきたのは昨年11月。老朽化に加え、役割がかぶる九州国立博物館の開館により、一時は存廃論議も起きたが、福岡県の埋蔵文化財センター的な存在として、新天地で再出発を図ることになった。隣接する三沢遺跡だけでなく、敷地全体が豊かな森の中にある。以前はここに簡保レクセンターがあったという。

 移転にかかった費用は36億円。「事業仕分け」などというパフォーマンスで名を売った民主党の女性国会議員あたりが議論に加わっていたら、「福岡県ごときに博物館や資料館がいくつもいるんですか」とあっさり廃館に追い込まれていたに違いない。そして、歴史の調査・研究や文化財保存に携わる自前の機関を持たない文化行政不毛の県に堕ちていたことだろう。

 だが、自然保護行政の方はどうか。レクセンター跡地は28haもの広さがあり、新資料館建設後も13haが未利用のまま残されている。地元の自然保護団体が保全を訴えているが、県側は商業・住宅用地として民間に売却する方針で、2009年度には実際に買い手を公募している。景気の悪さもあってか、この時は応募がなかったようだが、県側は今年6月にも跡地の活用委員会を開くなど、まだまだ売る気満々のようだ。

 緑に囲まれた資料館と、ショッピングセンターやマンションに囲まれた資料館。さて、どちらが魅力的だろう?

 <九州歴史資料館>原則、月曜休館。入館料は一般200円、高校・大学生150円、中学生以下無料。公式サイトhttp://www.fsg.pref.fukuoka.jp/kyureki/




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大観覧車、福岡で最期

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 福岡市西区の商業施設マリノアで7日午後、解体途中の観覧車が倒壊する事故が起きた。巨大な支柱が車4台を押しつぶし、危うく大惨事になるところだったが、幸い車内は無人で、クレーン車で解体作業に当たっていた作業員1人が軽傷を負った程度で済んだという。

 事故から1日たった8日夕、物好きにも現場を見てきた。周辺は厳しく封鎖されているのではないかと思い、現場に近付けるだろうかと心配したが、杞憂だった。もちろん、倒壊現場自体には近付けなかったが、写真が撮れる場所には何の制約もなく行くことができた。それどころか、現場の隣の商業施設は普段通り営業しており、何事もなかったようににぎわっていた。

 この観覧車に関しては昨年暮れ、1年以上も野ざらしになっていることを紹介したことがある(「日本一の大観覧車その後」)。2009年秋に営業停止した際は売却先の台湾に運ばれ、もう一度現役復帰する予定と報じられていたが、結局福岡で最期を迎えたようだ。


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2代目博多駅

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 2代目博多駅の写真を目にする機会があった。華麗な姿はモノクロ写真でも十分に伝わってくる。3代目駅舎開業に伴い解体されたのは1963年。半世紀近くも前のことだから、今さら惜しんでも仕方ないのだが、保存する方策はなかったのだろうか。3代目駅舎は建て替えではなく、まったく別の場所に新築されただけに、なおさら歯がゆい気持ちになる。

 2代目駅舎の完成は明治42年(1909年)。福岡に現存する建物では、中央区天神に残る国重要文化財の旧日本生命九州支社(写真下、現・福岡市文学館)が同じ42年、同じく国重要文化財の福岡県公会堂貴賓館が43年(1910年)の完成だ。時期が近接しているのは偶然ではなく、ちょうどこの時代は福岡市が近代都市として発展していくとば口に当たるようだ。

 それにしても2代目駅舎の姿は、駅舎としては初めて国重要文化財に指定された門司港駅(1914年完成)に全体的な雰囲気が良く似ている。もっとも木造の門司港駅に対して、2代目博多駅は煉瓦や大理石がふんだんに使われていたというから、カラー写真で見るとずいぶんイメージが違うのかもしれないが。

 冒頭にも書いたが、3代目駅舎は別の場所に建てられたわけだから、意志さえあれば2代目を保存することも可能だったはずだ。だが、JR九州が刊行した『九州の鉄道一〇〇年記念誌 鉄輪の轟き』(1989年)によると、文化財的価値を探る調査が行われることもなく、あっさり取り壊されたらしい。いかにも福岡市らしい話であり、現在の直方駅を巡る事情にも通じるものがあると思う。自らの歴史に何の敬意も払わないのは福岡の為政者の特性なのだろうか。


赤レンガ館
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長身だった金隈の弥生人

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 福岡市博多区に金隈(かねのくま)遺跡という国史跡がある。弥生時代の集団墓地の跡で、ここの展示館には発掘当時の遺跡の姿がそのまま保存されており、甕棺の中に納められた人骨さえ見ることができる。一見、プラスチック製の模型のようだが、腐食しないように特殊加工された本物の人骨だと聞く。一部考古学ファンは、この遺跡の見学に行くことを「墓参りに行く」と言っているらしい。

 面白いのは、埋葬されていた「金隈人」の平均身長がずいぶん高いことだ。市教委発行のパンフレットによると、遺跡からは348基の甕棺墓を中心に500基近い墓が発見され、136体の人骨が出土しているのだが、(明記されていないが、恐らく成人の)平均身長は男子が162.7センチ、女子が151.3センチにものぼる。私の親世代よりも高いぐらいで、実際に日本人の平均身長がこの数字を上回るのは、何と戦後になってからだという。
 
 社会実情データというサイトに掲載されている日本の平均身長・平均体重の推移によると、日本人の平均身長は弥生時代にいったんピークに達した後、江戸時代末期まではほぼ一貫して低落傾向にあったようだ。やはり仏教伝来以降、食事に制約が増えたことなどが影響しているのだろうか。

 「金隈人」の高身長に関して、市教委は朝鮮半島人との混血が一因とみているようだ。人骨136体の年齢別内訳は、子供の骨が残りにくいこともあり、成人が99体までを占める。ただし、墓のサイズから類推できる被葬者の年齢は、やはり圧倒的に子供、しかも1~6歳の幼児が多いという。幼児死亡率が高い社会は、食糧事情は必ずしも恵まれていないようには思える。だとすると、長身はやはり遺伝的要因のためなのだろうか。

 <金隈遺跡>福岡市博多区金の隈1-39-52。1968年、果樹園整備の際に発見された遺跡で、72年に国史跡に指定された。紀元前2世紀から紀元2世紀まで、約400年間使用された墓だが、鏡などの副葬品がなく、一般庶民の共同墓地とみられている。展示館の開館時間は9時~17時で、入館は無料。


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