野地卓被告が奪ったもの

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 もう3年以上も前になる。2008年4月のことだ。節約と運動不足解消のため歩いて帰宅していたところ、福岡市早良区西新付近で大勢の警察官に出くわした。一部道路が封鎖されるなど物々しい雰囲気で、「大きな事件が起きたな」と素人目にもわかった。何があったのか尋ねたかったが、「天下の福岡県警」の警察官が一般人の問いかけに答えるとは到底思えない。帰宅後にテレビニュースで、高齢の女性が自宅アパート玄関前で刺殺され、容疑者の若い男が凶器を持って逃走中であることを知った。

 容疑者の男は事件翌日には逮捕され、半月ほど前に起きた別の女性刺傷事件もこの男、野地卓被告の犯行だったことが判明した。後にこの2件の事件は「福岡2女性(連続)殺傷事件」などと呼ばれる。金目当ての犯行で、しかも「自分より弱い」女性だけを狙っていたという。亡くなられた女性とは何の面識もないが、現場のアパートを見て、質素な暮らしぶりが想像された。

 11月30日の朝刊に、野地被告の控訴審が結審し、来年2月に判決が出されるとの小さな記事が載っていた。1審福岡地裁の判決は、死刑の求刑に対し無期懲役。一部新聞によると、野地被告から遺族に対して謝罪の言葉はなかったという。

 この日夕、事件当日と同じように徒歩で帰宅し、途中、あの日は入れなかった路地(写真)を通った。現場の木造アパートはいつの間にか取り壊され、更地になっていた。事件当時、このアパートには被害者をはじめ高齢の入居者が多いとの報道があったことを記憶している。取り壊しの理由は定かではないが、仮にあの事件がきっかけだったとしたら、野地被告が奪ったものは1人の女性の命だけではない。
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引き揚げ港・博多の常設展

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 福岡市中央区荒戸にある市民福祉プラザの一角に今月23日、「引揚港・博多~苦難と平和への願い」と題した展示コーナーがオープンした。実際に引き揚げを体験した市民らから寄せられたリュックサックや柳行李、防寒帽といった生活用品や写真パネルなど計約100点が展示されている。展示スペースの規模も展示資料の数も非常にささやかなものだが、博多港の引き揚げの歴史を伝える初めての常設展示施設だ。

 終戦後、中国や朝鮮半島から祖国に引き揚げてきた人は約660万人と言われる。このうちの約139万人が上陸したのが博多港で、この数は全国18の引き揚げ港の中で佐世保と並び最多らしい。引き揚げ港と言えば、『岸壁の母』の舞台でもある舞鶴が有名だが、ここに上陸したのは約66万人で、博多の半分以下にとどまる。ただ、舞鶴はシベリア抑留者の引き揚げ港として長く歴史を刻んだため、引き揚げの「代名詞」となったのだろう。

 博多に引き揚げてきた人が多かったのは地理的条件から言っても当然だが、この歴史がきちんと語り伝えられてきたとは言い難い。記憶の風化を恐れた引き揚げ体験者らが、記念碑の建立や資料館(常設展示施設)の建設を求める運動を始めたのは20年ぐらい前だったと記憶している。結果としてこれが市を動かし、1996年には中央埠頭に記念碑が完成した。しかし、常設展示施設の方は、予算の問題や単独施設を造る程の資料が収集できなかったこともあって長いことペンディングになっていた。

 記念碑建立から15年の歳月を経て、ようやく常設施設が完成したわけだが、引き揚げの実相を伝えるには、展示資料は質量ともに不十分と思える。港から遠くはないと言え、福祉プラザなる施設に開設したのも不可解だ。正直なところ、「お茶を濁した」という感じがしないでもないが、長年、開設を訴えてきた関係者の方々は非常に喜んでいるとも報道されている。これはこれで第一歩として評価すべきなのだろう。

 <福岡市市民福祉プラザ>福岡市中央区荒戸3-3-39。開館時間は午前9時~午後9時(第3火曜休館)で、入館無料。


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新垣渚の復活に期待


 写真は、野球少年たちにサインする福岡ソフトバンクホークスの新垣渚。撮影は2003年冬。ちょうど彼がダイエーホークスと入団契約を交わした頃だ。ホテルシーホーク内にあった中華料理店で少年野球チームがお別れ会を開いていたところ、たまたま店内に当時の球団オーナー中内正氏が居合わせた。ユニホーム姿の子供たちに喜んだ中内氏は、携帯電話で(恐らくホテルかドーム内にいた)新垣を呼び出し、サイン会を設定してくれたと聞いた。プロ入り前とは言え、九州では新垣渚の名はすでに轟いており、子供たちにも大人気だったようだ。

 プロ入り後も順調に活躍を続けた彼だが、相次ぐ暴投で調子を崩した後、肩まで故障し、この2~3年は満足な仕事をしていなかった。ただ、少し擁護させてもらえば、暴投となった投球の中にはバッターが空振りしたケースもあったのだから、キャッチャーが何とか抑えてくれれば、「切れ味鋭いスライダー」と賞賛されたかもしれないと思う。とんでもない暴投が多かったのも確かだが…。

 今年、ホークスは彼が新人だった年以来、8年ぶりに日本一に輝いた。1軍マウンドにさえ立てなかった新垣だが、25日のアジアシリーズ第1戦では3~7回を無失点に抑え、復活の足が掛かりをつかんだ。テレビ中継を見た限りでは、変化球主体の慎重なピッチングで、剛球投手というイメージは薄れた気がしたが、速球の球速は140キロ台後半は出ていた。チームを支えてきた左の2枚看板・杉内、和田の去就が微妙だけに、本来ならば3本柱と呼ばれていたはずの新垣の完全復活に期待したい。
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警固公園のイルミネーション



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 イルミネーションの季節がやって来た。今年は電力不足の懸念もあり、一部では自粛の動きもあるようだが、天神の警固公園(写真)をはじめとする福岡市内の電飾名所では18日、一斉に点灯が始まった。九州にある6基の原発のうち、4基までが運転停止中で、残る2基も12月には定期検査のため止まる。厳しい「節電の冬」がやって来るとも言われているが、電力消費の少ないLED電球が大半とは言え、イルミネーションの派手な輝きを見ていると、それほど電力事情が逼迫しているとは思えなくなる。

 警固公園のイルミネーションは11月29日までで、12月1日からは野外スケート場がオープンするらしい。そう言えば、現在はソラリアビルとなっている警固公園の横には1987年まで福岡スポーツセンターがあり、冬季はスケート場として大にぎわいしていた。天神に20数年ぶりにスケート場が戻ってくるわけだ。

 福岡にはかつて、スポーツセンターの他にもあちこちにスケート場があった。博多区千代のパピオが今も健在だが、城南区七隈や東区香椎にもオールシーズンのリンクがあり、郊外に行けば、力丸ダム(宮若市)湖畔の野外スケート場が人気だった。私は力丸スケート場には小学校の遠足で行ったことがある。スケート場廃止後、跡地は廃虚となり、心霊スポットとして有名になっていたようだが…。

 スケート場が次々に消えていったのは、少子化やレジャーの多様化が原因とも言われるが、巨大な冷蔵庫のような施設なのだから、電力消費量も半端ではないだろう。今の省電力社会には似つかわしくないレジャーなのかもしれない。警固公園に出来る野外スケート場は、実は氷を張ってリンクを作るわけではなく、特殊ボードで代用すると聞いた。
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福岡城に模擬天守はいらない

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 先日、福岡城の天守台に十何年振りかで登ってきた。ここからは福岡市街が360度見渡せる。高層建築がなかった江戸時代の眺望は、さらに抜群だったことだろう。この天守台上に天守建築が建っていたのか否か。存否論争は決着がついていないが、素朴な感想を書かせてもらえば、これだけ見晴らしが良ければ、別に大規模な天守など必要なかったのではないかと思う。

 存否論争を簡単に振り返ると、福岡城にはもともと天守は建設されなかったというのが近年までの定説だった。江戸初期の1646年に作成された「福博惣絵図」に天守が描かれていなかったことなどが主な理由だ。ところが、隣国小倉藩を治めていた細川家の書状など、城の創建当初に天守が存在したことをうかがわせる新史料が出てきた。最近では建設から十数年後に解体され、建材は大坂城の再建に活用されたという説も出されている。

 こういった状況に、福岡城の「天守復元」を訴える一部団体が勢いを得ているようだが、彼らが何を求めてこのような運動を展開しているのか、正直なところ謎だ。「復元」と言っているが、復元とは元の姿に戻すことで、存否さえはっきりしない福岡城天守に使える言葉ではない。団体が行っているのは「模擬天守」建設運動と呼ぶのが正確だろう。模擬天守とは史実に基づかない天守風の建物のことで、はっきり言えば、まがい物だ。唐津城や中津城の建物がこれに当たる。

 福岡城跡は国の史跡に指定され、さらに城跡内にある古代の迎賓館と呼ばれる鴻臚館跡も国史跡に指定されている。つまり二重の国史跡なのだ。こんな場所に模擬天守建設を文化庁が認めるはずがないことは、福岡市教委も以前から指摘しており、団体のメンバーもそれは分かっているはずなのだ。この団体を率いる著名な元財界人は「福岡市民誰もが誇れる場をつくりたい」と運動の目的を語っているようだが、まがい物の天守が果たして市民の誇りになり得るのだろうか。


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荘厳だった川南造船所の内部


 長崎県松浦市に行った帰りに、佐賀県伊万里市の川南造船所跡に立ち寄ってきた。ちょうど1年前にも写真撮影に来たのだが、近く解体が始まると聞き、もう少し写真を残しておこうと思ったのだ。無断で中に入るのは気が引けたため、外観をバシャバシャ撮影していたところ、幸運にも地元の方に案内していただき、内部も撮影することができた。

 1955年の操業停止からすでに56年が経過してる割には予想以上にきれいな姿をとどめていた。巨大な空間に天窓から光が差し込み、何となく大聖堂にでもいるような荘厳な雰囲気さえ感じた。コンクリートも思いのほか劣化していない様子で、柱に記された当時の安全標語が鮮明に残っていることに驚いた。ただ、壁面のあちこちにはスプレーによる落書きがあり、地元住民が治安上の問題から撤去を望むのも仕方がないことと感じた。

 案内していただいた方によると、今月下旬には解体作業が始まるらしい。13日も「取り壊し前にどうしても見たかった」とはるばる東海地方から来ていた先客に出会ったが、しばらくは「最後の機会だから」とこの場所を訪れる人が絶えないかもしれない。伊万里市が解体費用を9月市議会に提案した際の新聞報道によると、費用は約9500万円、全面撤去までには4か月ほどの期間がかかるらしい。


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東福岡12年連続で花園へ

 第91回全国高校ラグビー福岡県大会の決勝が12日、博多の森球技場で行われ、東福岡が23-12(13-7、10-5)で筑紫を下し、12年連続22回目の花園出場を決めた。

 福岡では恒例となった両校の決勝対決。筑紫がまたしても涙をのむ結果となったが、トライ数は2本対2本で互角。ただ、東福岡は敵陣ゴール前で得た3本のPGを確実に決めて、危なげない試合運びだった。準決勝までの3試合で286点得点を挙げるなど凄まじい爆発力を見せてきた同校だが、この試合では試合巧者ぶりを存分に発揮した。全国大会では、大阪勢や国学院栃木などがライバルになりそうだが、大会3連覇も十分に期待できるのではないだろうか。

 それにしても…。筑紫の強烈なドライビングモールを阻んだ東福岡が見事ならば、超高校級FBをはじめとする東福岡BK陣の突破を完封した筑紫も見事。県大会決勝で、今年もまたレベルの高い戦いを見せてもらった。

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