# 旧聞since2009

# ゆるキャラ乱立の福岡市、居直る


 福岡市に39種類もの「ゆるキャラ」が乱立していることを紹介する記事が昨年暮れ、産経新聞に掲載されていた。役割がかぶるキャラクターも少なくなく、記事は縦割り行政の弊害を指摘していたが、どのキャラも知名度が低いため、批判の矢面には立たされていないと皮肉っていた。この記事を福岡市の幹部が読んだのかどうかは知らないが、どうも居直ったようだ。39種のうち、着ぐるみがある15体を総出演させたビデオを制作、市の公式サイトなどで流しているのだ。

 ビデオ自体は福岡市の祭りの数々をPRするものだが、それにしても本当に無名キャラばかりだ。私が辛うじて名前を知っていたのは、市営地下鉄のマスコット「ちかまる」ぐらい。これは地下鉄絡みのニュースでたまに見かける。PRビデオでも中心で目立っているぐらいだから、比較的知名度は高いのだろう。ありふれたデザインだが、造形的にも一番まともに見える。残りの連中はかわいくもなければ、インパクトにも乏しいような気がする。

 昨年のゆるキャラグランプリで熊本県の「くまモン」が見事1位となったが、福岡市の15体はエントリーさえしていなかった。各ゆるキャラが制作された目的(恐らく施設のPRや緑化・環境保全の推進など)を果たしているのならば、別に全国的な人気者になる必要はないだろうが、知名度がゼロに等しいのだから、それさえも望み薄だろう。まして「くまモン」のように関連グッズ売り上げ(10億円にも上るらしい)などの経済的効果は到底期待できそうにない。

 このビデオを見ていると、「ピンでは役に立たないから」15体をセットで売り出す考えではないかと思えてくる。確かにゆるキャラをこんなに抱えている自治体などそうそうないだろうから、良し悪しは別にして印象はそれなりに強烈かもしれない。「○○○15」「○○○39」などと悪乗りしなければ良いが……。
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# 「雄弁」「力」「勝利」「自由」

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 福岡市博物館が改修工事のため4月2日まで長期休館している。ただ、日中は敷地内に立ち入ることができ、晴れた日には散歩している人を結構見かける。また、館の玄関前に飾られている4体の彫刻目当てに訪れる人もいるようだ。近代彫刻の巨匠の一人と言われるアントワーヌ・ブールデルの作品で、タイトルは男性像が「雄弁」と「力」、女性像が「勝利」と「自由」。高さは3.75m、台座も含めれば4.55mにも上る巨大なブロンズ像で、重さは1tを超えるらしい。

 博物館のサイトによると、像が鋳造されたのは1918~22年。福岡市の市制100周年(1989年)を記念し、パリのブールデル美術館から購入したという。もともとはアルゼンチン建国の功労者の一人、アルベアル将軍の記念碑の一部としてデザインされたもので、同じ彫刻が世界に8組存在するらしい。日本国内でも福岡市博物館のほかに、箱根にある彫刻の森美術館が1組を所蔵し、野外展示している。愛知県美術館も一揃いを所蔵しているが、こちらは高さが1.2m程と小さく、制作時期も1914~16年と早い。習作なのだろうか。

 ブールデルの代表作の一つと高く評価される作品であり、個人的にもこういった「わかりやすく」力強い作品は好みなのだが、4体の像はアルベアル将軍の事績などを擬人化して表現したものだと聞くと、少々生臭く感じる。「雄弁」「力」「勝利」「自由」、いかにも政治家が好みそうな言葉だからだ。福岡市がこの像を購入した市制100周年当時の市長は?と調べてみると、博物館に胸像があるこの人だった。まるでアルベアル将軍を称えるごとく、4体のブロンズ像は元福岡市長を称えているように見えなくもないが、元市長の胸像が建立されたのは彼の死後のことで、本人の全くあずかり知らぬことであった。

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# 救急車で犬を運んで!

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 「救急車で犬を運んで!」とは意味不明のタイトルだが、福岡市で昨年実際あった迷惑119番の実例だ。市の公式サイトに昨年の救急・火災統計が掲載されているのだが、この中に「対応に苦慮する119番通報事例概要」として紹介されている。犬が車に轢かれたための通報で、恐らく飼い主からだったのだろう。

 ほかにも容易には信じられない119番がいくつかある。「夫と電話がつながらない。様子を見に行って」「川の中にカバンを落とした。消防は来てくれないのか」「おなかがすいた。食堂まで連れて行って」「薬を持って来て」「鍵をなくしたので、合鍵を作って」……。

 また、救急車の出動要請を受け、実際に病院に運んだのは昨年1年間で5万6943人に上ったが、41.8%に当たる2万3817人は入院する必要もない軽症者だったとか。「結果的に軽症で終わった」人もいただろうが、軽症者4割という数字に、いかに軽い気持ちで救急車が呼ばれているかがよくわかる。そんなにタクシー代を払いたくないのだろうか。

 うちの近所にも伝説的な話がある。とあるマンションに救急車がけたたましくやって来た。何事かと通行人らが見守っていると、着飾ったご婦人がトランクを持って子供と一緒に玄関に現れ、悠然と救急車に乗り込んでいったそうだ。何でもあらかじめ決まっていた子供の入院日だったらしく、しばらくは「すごい神経だね」と評判になっていた。

 こういったモラル崩壊にどこの自治体も頭を悩ませているようで、横浜市消防局のサイトにも福岡市と同じような通報事例が載っている。「水虫がかゆい」「子どもを近くの病院に連れて行きたいが、夕食の準備が忙しくて手が離せない」。鳥取県では以前、年に100回近く救急車を呼ぶ“常連”もいたと日本海新聞が伝えている。

 就任したばかりの橋下徹・大阪市長はこんな状況に業を煮やしていたのか、早くも救急車の有料化検討を表明している。例によって「重病なのに経済的理由でためらってしまう人が出たらどうする」という反発も出ているようだが、経済的困難を抱える人には免除する制度を設け、それをきちんと周知徹底するということでは駄目なのだろうか。

 (無料の)タクシー代わりに利用する人間が後を絶たないため、危急の際に出動できる救急車が1台もない――市民の命を守るためには、こんな状況を作らないことの方がよほど大事に思える。

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# 珍敷塚古墳



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 うきは市の農産物直売所に22日買い物に行った帰り、筑後川左岸に集中する装飾古墳のひとつ珍敷塚古墳(国史跡)に立ち寄ってきた。古墳といっても墳丘はなく、壁画が描かれた石室の壁が一枚が残るだけで、土蔵のような建物で保護されている。一見しただけでは、到底古墳には見えない。古墳横の民家に管理人が常駐しており、声をかければ見学可能と聞いていたが、古い情報だったようで、現在では市教委に事前の予約が必要らしい。残念ながら壁画を目にすることはできなかった。

 壁画の写真は文化庁公表の高松塚古墳関係資料から複写した。文化庁が撮影したのは2009年4月。左側にはゴンドラのような小船と舳先に止まる鳥、中央には巨大な靫(矢を入れる筒)や蕨手文、右側にはヒキガエルなどが描かれているらしいが、かなり不鮮明だ。

 この古墳が見つかったのは1950年。墳丘や石室はそれ以前に取り壊されてすでになく、石壁1枚が埋まっていただけだったという。元朝日新聞記者・玉利勲氏(故人)著の『装飾古墳紀行』(1984、新潮選書)に書かれていたのだが、石材が少ない筑後平野では以前、造園や墓石に使うため古墳の石室を取り壊す行為が当たり前に行われていたという。珍敷塚古墳の壁画が残されたのは、呪術的な絵にさすがの業者も手を出しかねたのか、あるいは石材として使用するには単に絵が邪魔だったためだろうか。

 現在の常識で過去の行為を批判するのは難しいが、珍敷塚古墳の発見後、「珍敷塚の発見時のように騒ぎになったら面倒だ」と急ぎ古墳の取り壊しを行った例もあるというから、文化財破壊の確信犯もいたに違いない。

 珍敷塚古墳は発見から3年後の1953年、国史跡に指定されている(1986年には周辺の3古墳とともに屋形古墳群として追加指定されている)。だが、湿度を一定に保ったガラス室が設けられるなど、しっかりした保存策が講じられたのはずいぶん後年のことで、その間にも乾燥や車の振動などで塗料の剥落が進んだという。玉利氏は『装飾古墳紀行』の中でも壁画の劣化を嘆いているが、同書の口絵に掲載されている写真と比べると、文化庁の写真ではさらに劣化が進んでいるのがわかる。この壁画もいつまで現地保存できることだろうか。

 うきは市教委に確認したところ、古墳見学の予約は吉井歴史民俗資料館。写真撮影については「ご遠慮願っている」という。



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# 私が食べていた「ひよ子」の正体

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 小学校に上がる前、九州山地の麓にある小さな街で暮らしていた。親族の多くが福岡に住んでおり、盆・正月の楽しみの一つは彼らが土産に持ってきてくれる博多銘菓だった。何より「ひよ子」が好物で、毎日のように食べてもまったく飽きなかった。ある日、かぶりついた「ひよ子」がいつもと微妙に違うのに気付いた。妙に色白だし、子供心にも味が上品な気がする。もう「落ち」を察した人もいるだろう。私が普段食べていたのは「ひよ子」とは似て非なる別のお菓子で、初めて食べた色白の品こそが正真正銘の「ひよ子」だったのだ。

 話は飛んで、社会人になっての話である。急な東九州出張で、JR博多駅から「特急にちりん」に飛び乗った。急いでいたので、訪問先への土産も買っていない。車内販売が(当時は)聞いたことがない博多銘菓を「お土産にいかがですか」と売りに来たので、これ幸いと買い込んだ。

 出張先の事務所を訪ねたのは、ちょうどお茶時。事務所の女性には菓子の差し入れを喜ばれ、早速箱が開けられたのだが、菓子が姿を見せた途端に微妙な空気が流れた。「アレッ、ひよ子…?」。これも多くの人はおわかりだろう。特急車内で買い込んだ、聞いたことのない博多銘菓とは「ひよ子」のそっくりさん「二鶴の親子」。私はこの時初めて、子供の時に食べていた菓子の正体を知った。旧友に再会したような懐かしい気分だった。

 製造メーカーの二鶴堂が、「ひよ子」の立体商標を認めた特許庁と争い、勝訴したのは後の話(2006年11月)。“偽ひよ子”とも罵倒された「二鶴の親子」はこれで完全に市民権を得たわけだが、意外なことに二鶴堂のホームページの商品案内には肝心の「二鶴の親子」がない。主力商品「博多の女」や「博多ぽてと」の紹介やオンライン販売が主である。裁判沙汰になったのではイメージが悪いと結局製造中止になったのだろうか。福岡市東区の二鶴堂本社売店を21日、急襲してきたが、土・日曜は休みで空振りだった。後日「二鶴の親子」を目撃したら、報告したい。

 立体商標を巡る争いについては、このページが詳しい。

 <追記>二鶴堂にメールで尋ねたところ、残念ながら「二鶴の親子」は2008年頃に販売を終了したそうである。詳しい理由までは書かれていなかったが、本文中に書いたように二鶴堂の主力商品はずいぶん前から「博多の女」や「博多ぽてと」などであったようだ。勝訴したとは言え、ブランドイメージを高めるためには「二鶴の親子」を抱えていたのではかえってマイナスと判断したのではないだろうか。

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# 福岡OL遺棄事件に進展は

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 福岡市博多区の地下鉄東比恵駅構内に、「福岡OL死体遺棄事件」の情報提供を呼びかけるチラシが貼られていた。今年3月で発生からまる2年を迎えるが、捜査に目立った進展がないのか、事件についての報道はほとんど途絶えている。昨年暮れ、公費懸賞金制度の対象に再指定されたことが報じられたが、この1年間では、これが事件に関する唯一の報道ではなかったか。

 この時の各紙記事にも新しい情報はまったくなかった。県警がこれまでに延べ5600人に事情聴取を行い、120件の情報も寄せられたが、容疑者に結びつく有力情報はなかったとあるだけだ。これらの記事で判断する限り、捜査は完全に手詰まり状態にあるようだ。もっとも公費懸賞金の対象となっていること自体、捜査が難航している何よりの証拠だが。

 猟奇的な事件でもあり、事件発生当初は有象無象の情報が飛び交っていたが、約2年を経た現在、確からしいと思える情報を時系列で並べると以下のようになる(日付はすべて2010年)。

 ▼3月5日(金)夜、被害者が勤務先を一人で退社。翌6日の朝、勤務先のゴルフコンペ集合場所に現れなかったため、上司が被害者の住む福岡市博多区のアパートを訪ねるが、不在。携帯電話も通じなかった。
 
 ▼7日に家族が捜索願を提出。これを受けて警察がアパートを捜索したところ、部屋は施錠され、荒らされた形跡はなかった。また、部屋には財布の入ったバッグや(業務用?)携帯電話も残されていた。

 ▼3月15日、博多湾内に浮かぶ能古島の海水浴場に切断された女性の遺体が漂着。DNA鑑定の結果、行方不明となっていた被害者と判明する。死後1週間から10日。切断は死後に行われたとみられる。その後4月15日まで、遺体の他の部分が湾内各所で発見される。

 ▼4月28日、被害者の腕時計を質店で換金していた男を県警が別の容疑で逮捕。時計の入手経路を追及するが、拾っただけの人物だったらしく、その後、「被害者との接点なし」との捜査結果が報道される。

 時計換金男以降、事件の本筋にかかわる報道は、記憶する限りでは完全に途絶えている。このほかでは、被害者失踪後の3月16日、彼女に代わってmixiにログインする者がいたというニュースが気になったが、この件に関しては続報がまったくなく、判断がつかない。

 未解決のいわゆる「バラバラ事件」は、被害者の身元が判明していないケースが多いらしい。例外(被害者の身元が判明していながら未解決)は、1994年の「井の頭公園バラバラ殺人事件」、2009年の「島根女子大生遺棄事件」などだろうか。逆に解決したケースは、多くは濃密な人間関係の中で事件が起きている。

 OL遺棄事件に関しても福岡県警は被害者の交友範囲の中に容疑者がいると見ているようだが、殺人に至るほどの感情のもつれが、延べ5600人にも事情聴取を行いながら、一向に浮かび上がって来ないのが不可解ではある。容疑者が依然、事情聴取の網にもかかっていないのか、それとも県警の見込み違いなのか。「一歩一歩容疑者を追い詰めている」との捜査員の談話を記事で読んだのは、もうずいぶん前のことだ。その言葉が正しかったことを信じたい。

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# 母パチンコ中に子供焼死、半世紀前にも

 先日、地元の図書館で新聞のデータベースを使って調べ物をしていたところ、痛ましい事件の記事が目に付いた。東京オリンピック開幕日(1964年10月10日)の新聞だから、もう半世紀近く前の事件だ。

 大阪市東淀川区の阪急十三駅前で母親がパチンコに興じていたところ、連れていた双子の4歳男児が店から抜け出し、駅構内のゴミ箱にもぐり込んで遊び出した。双子の一人は普段からマッチを持ち歩いており、ゴミ箱の中で火遊びを始めたのだが、ゴミに足を取られて抜け出せなくなり、そのまま焼死したという。母親はそれに気付かないまま、なおもパチンコにふけっていたと記事は伝えている。

 この記事で驚いたのは、半世紀近く前のこととは言え、4歳児がマッチを持ち歩いていたことだ。この事件以前にもゴミに火をつけ、他人に注意されたことがあったという。また、当時43歳の母親には8人の男児がいたのだが、事件の数年前にも4歳の六男をやはりパチンコ中に失っている。留守番をしていた六男の服に火鉢の火が燃え移り、焼死したという。母親にとって六男の死は、パチンコをやめるほどの痛恨事ではなかったということなのだろうか。

 2009年1月、千葉の松戸で似たような事件が起きている。23歳の母親が乳児を含む3人の子を残してパチンコに行ったところ、留守中に火災が起き、3人が焼死。母親は最初、警察の事情聴取に対し「病院に行っていた」とウソをついていたという、あの事件だ。

 パチンコ店駐車場に停めた車内で子供を熱中症死させたケースと違い、留守中の火事は予見できないため、保護責任者遺棄致死罪での立件は難しいとも聞く。64年の記事にも「犯意がないので、刑事責任追及はむずかしい」とある。時代はずいぶん違うのに、同じような事件が起きるものだと少し驚いた。

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# 助信良平県議、8年間登壇なし

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 助信良平という民主党所属の福岡県議が「借金500万円を返せ」と一般人に訴えられたとの報道が12日あった。この議員が金銭絡みで訴えられるのは2件目。飲食店からも飲食代85万円の支払いを求める裁判を起こされているという。一体どんな県議かと思い、福岡県議会の会議録検索システムで調べてみたところ、ちょっと驚いた。この議員、県議会本会議で質問に立ったのは2003年12月定例会の代表質問が最後。その後まる8年間、本会議では一切登壇していないのだ。

 福岡県議会の公式サイトなどの情報によると、助信議員は遠賀郡選出で、死亡した父・幸雄氏の後を継ぎ1999年に初当選している。現在が4期目だ。初当選以来13年間の議員生活で、代表質問・一般質問に立ったのは計5回。うち4回までが1期目で、最後に代表質問を行った2003年12月は2期目の最初の年に当たる。

 同議員は2004年から09年まで、民主党県連の幹事長を務め、06年の福岡市長選や政権交代を実現した09年の衆院選で剛腕を振るったと言われる。県連幹事長就任は県議会本会議での沈黙が始まった時期とちょうど重なり、多忙だったのだろうと推測されるが、だからと言って県議としての活動をおろそかにしていいわけではないだろう。県連幹事長の仕事に対し、高い県議報酬が支払われていたわけではない。

 代表質問や一般質問が議員活動のすべてではないだろうが、それにしても13年間で5回とはあまりに少な過ぎないか。福岡県議会の本会議は、定例会だけで2、6、9、12月と年に4回ある。助信議員の在任期間中には計52回も開かれているのだ。

 こんな議員、ほかにはいないだろうと思って福岡県議会の会議録を調べてみたら、助信議員を超えるつわものがいた。1999年を最後にまったく登壇していない議員がいたのだ。別に裁判沙汰になっている人ではないので名前は伏せるが、保守系の大物と目される人物だ。選挙での辣腕ぶりを謳われるところが助信議員とは共通している。本会議での質問こそが議員の晴れ舞台と思っていたが、この2人を見ると、どうも違うらしい。写真は民主党福岡県連。

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# 祝・東福岡高3連覇


 7日行われた第91回全国高校ラグビー決勝で、東福岡が36-24で東海大仰星を下し3連覇を飾った。スコア的には接戦のようだが、東福岡が終始セーフティーリードを守り、内容的には完勝だったと思う。

 JSPORTSの中継は閉会式も最後まで放送されたのだが、日本ラグビー協会長・森嘉朗元首相のあいさつが例によって無茶苦茶で面白かった。東福岡の控えのフッカー・崔凌也君をつかまえて「弟を見習いなさいよ」などと言い出したのだ。思わぬご指名に崔君は苦笑、同高の谷崎監督は爆笑していた。

 なぜ「弟を見習いなさいよ」などという言葉が出てきたのか、順を追って説明すると、崔君の弟・玄祺君が今年度の全国中学生人権作文コンテストで最高賞の総理大臣賞に輝いているのだ。玄祺君も北九州市内のラグビースクールで活躍しており、作品は仲間たちとの絆を綴ったものだ。タイトルはずばり「絆」。チーム内に生まれつき体の不自由な仲間がおり、大人たちは彼を「全員でフォローしろ」と言うが、必要以上に彼を手助けすることは、かえって彼の生きる力を奪っているのではないかと問い掛ける内容だ。作文の全文は法務省のサイトに紹介されている。

 森さんはこの作品に非常に感動したようで、私は見ていないのだが、開会式のあいさつで紹介した。ところが、玄祺君の兄が東福岡の一員として花園に出場していることまではご存じなかったらしく、閉会式では崔君の手を挙げさせた上で「君は後半少し出ていたな。弟を見習いなさいよ」という発言につながったようだ。

 玄祺君の方も実はこの冬、花園の芝を踏んでいる。昨年12月29~31日に開かれた全国ジュニア・ラグビーフットボール大会に福岡県選抜の一員として出場しているのだ。ポジションは兄と同じフッカー。福岡県選抜も決勝まで勝ち進んだものの、奈良県中学校選抜に24-28で敗れ、惜しくも優勝はならなかった。

 王者・東福岡の一員として2年生ながら花園決勝の舞台を踏んだ兄を、多分弟の方が見習っているのではないかと私は思う。それにしても高校ラグビー日本一、中学ラグビー準優勝、そして作文コンテスト最高賞。幸せなご一家だ。東福岡の写真は福岡県大会で撮影。

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駄田泉

管理人:駄田泉
福岡の中小企業に勤める定年間近の中年オヤジです。物忘れが激しくなったため、ボケ防止のためにブログを書いています。主に福岡の情報を紹介していますが、タイトル通り、新しい話は何もありません。Twitterではたまに、胡散くさい情報を発信。