市長の姑息、議会の怠慢

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 福岡市で現在、中央保育園の移転問題が騒ぎになっている。現在地は国体道路に面した中央区今泉1。これを同じ今泉1ながら、200m程東側の土地に移そうという計画なのだが、移転用地というのが交通量の多い幅5mの道路に面し、なおかつ隣は大型パチンコ店、周囲にはラブホテルも林立しているという場所なのだ。

 ひどい話である。当事者ではないので、計画に対する論評はこれ以上控えるが、呆れるのは市議会の怠慢である。移転用地の問題点は早くから明らかだったはずなのに、多くの市議は何らアクションを起こすことはなかった。ところが、西日本新聞が6月13日朝刊で「風俗施設近くに保育所」と報じ市民の反発が大きくなると、「私たちは知らなかった」とばかりに6月議会では市側を追及しだした。しかし、知らなかったはずはないのである。

 例えば、昨年9月18日に開かれた議会第2委員会では中央保育園移転が取り上げられ、複数の議員が現在問題となっている立地条件の悪さを正確に指摘し、市側を追及している。長くなるが、市議会公式サイトにある会議録から議員の該当発言を以下に抜き出してみた。

 <狭隘な道路やパチンコ店に加え、予定地周辺にはラブホテル街があり、保育所用地として適地なのかという声はあるが、他に用地がないということで、当該地に決定された。一方で、建てかえ施設については、保育所は移転させる代わりに民間テナントを入れることになるが、子どもに特化した施設として保育所も併設すればよいのではないか>

 <事業手法や児童会館としての機能、保育所の充実と待機児童の解消という角度から、今回の事業のあり方は賛同できるものではなく、本当に子どもを大事にする施策と言えるのか疑問である。事業が始まるには若干の時間もあるので、さらに幅広い市民意見も聞きながら、真摯に検証を図り、見直すべきところは大いに見直すべきと意見を申し述べておく>

 <中央保育園の移転については、現実問題として保育需要があっても用地がなかなかないことは認識しているが、環境に課題があることも否めない。前面道路が非常に狭隘で、状況によっては人と車が離合するのも厳しいが、どのように認識しているか>

 常任委員会の会議録は匿名のため、これらの発言をした議員が誰なのかわからないが、恐らく野党系の議員だろう。これを読んでも中央保育園の移転に問題意識を持っていた議員はおり、この問題意識が市議会の中で共有されていなかっただけなのがわかる。

 市側が昨年2月、議会に提出した移転資料の地図(下)にラブホテルやパチンコ店などが記されていなかったことを取り上げ、市が移転用地の問題点を議会に隠蔽したと指摘する意見もあるが、これは当たらないと思う。確かに地図に見られる市長サイドの姑息さは笑ってしまうレベルだが、福岡に長く住んでいる人間ならば、このいい加減な地図でも移転用地がどんな土地かはすぐに理解できるはずだ。他区選出であっても、いやしくも市議であるのならば、わかるべきだろう。
 
 万が一、立地条件がわからない市議がいたのならば、現地に行って自分の目で確かめれば、済んだ話だ。市役所の議会棟から、のんびり歩いても10分程度の場所にあるのだから。それさえしなかったのならば、怠慢以外の何物でもない。

 今回の問題、移転用地の実態を知っていて問題意識を持たなかった議員は論外だが、知らなかった議員も罪一等を減じられる話ではないと思う。どちらにしても議会に求められるチェック機能など何も果たしていないのだから。写真は1枚目が現在の中央保育園。2枚目が移転用地。


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凶悪事件で家賃半額


 3年以上前に書いた古い記事だが、再録した。

     ◇

 長引く不況で、賃貸住宅の家賃が下がっているという。同じマンション内の同じような間取りの部屋であっても、古くから住んでいる入居者に比べ、新しい入居者の家賃がずいぶん安いという例も多いらしく、トラブルになることもあるとか。家賃相場は経済状況などに左右される部分が大きいとはいえ、家賃にあまりに格差があれば、高い方が不愉快なのは当たり前のことだろう。

 東京近郊の千葉県内の都市で分譲マンションを借りて住んでいた時、ちょっと信じられないような家賃格差に遭遇したことがある。こっちが安い方だったので、腹は立たなかったが、5000円、1万円程度の差ではない。あまりに特殊なので、まったく参考にはならないが、「こういう例もあるのだ」ということで紹介したい。

 いわゆるバブルの崩壊からしばらく後、東京に転勤することになった。バブル時に比べてずいぶん下落したとは言え、都内のファミリー向けマンションの家賃は20万円以上が相場だった。安月給のサラリーマンにとって、給料の大半を家賃に注ぎ込むことになり、到底生活などできない。不動産屋に「せめて半額程度の家賃で」と泣きついたところ、紹介されたのは千葉県の外れ、隣の駅は高校野球で有名な学校がある茨城県のまちだった。

 「いったいどこに転勤するんだよ」。自分の不甲斐なさを嘆いていたら、憐れんだ不動産屋が「本当はお薦めしたくないんですが…」と言いながら、別の物件を紹介してきた。3LDK、家賃は月12万円、しかも東京都心まで地下鉄1本で30分弱。「あまりにうますぎる!」と思ったら、不動産屋が「これは事前にお伝えすることになっていますので」と理由を語り出した。当時からして数年前、凶悪な殺人事件があり、家賃が相場より2割以上安いのだという。ただし、大規模高層マンションであるため、紹介された部屋と事件現場とはずいぶん離れている。家族は「気味が悪い」と不満そうだったが、「永住する訳ではないんだから」と押し切り、契約した。

 後日、その凶悪事件とやらを調べてみると、九州の人間でも聞いたことがあるような有名な事件だった。相当数の被害者が出ている。事件名を記すと、現場のマンション名が今でも一発で特定されるので、ここでは控える。住んでみると、生活環境は意外に便利で、超有名なテーマパークにも近所の公園感覚で出かけられる地の利もある。反対していた家族もそれなりに満足していたが、遊びに来た友人たちは「なんか空気が重いね」と語っていたという。

 入居してしばらく後、家族が、仲良くなった近所の奥さんと世間話をするうち、「ここは家賃が高くて、大変よね」という話になったらしい。こっちは家賃など10万円以上払ったことがない九州の田舎者。12万円でも確かに高いと思っていたので、家族は相づちを打っていたところ、家賃額を聞かれたので、正直に12万円と答えた。それを聞いた途端、奥さんの顔色がみるみる蒼白になるのがわかったという。その奥さんが「うちの家賃は…」と絞り出すように語った額は、なんと我が家の2倍、24万円だった。

 奥さんの一家が入居したのは、ちょうどバブルの時代で、このころ24万円という家賃は相場だったらしい。ところが、バブルがはじけて大幅に下落し、さらに事件の発生が追い打ちをかけた。だから、同じマンションに住んでいても家賃が12万円も違うという事態が生じてしまったようだ。奥さんの一家は、本当に数日後、引っ越していった。写真は、問題の事件の犯人(確定死刑囚)が収監されている東京拘置所。
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ツバメのヒナ

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 福岡市中央区のコンビニの軒先にツバメが巣を作り、ヒナが育っている。ツバメの繁殖シーズンは4~7月というから、シーズンぎりぎりで生まれたヒナたちということになるだろう。この巣の存在に気付いた数日前には、すでにヒナたちは大口を開けて餌を催促していた。だから彼らがいつ孵化したかは知らないのだが、羽毛の感じからすると、巣立つまでにはもう少し時間がかかるような気がする。

 上の写真は望遠レンズを使い、なるべくそっと撮影したつもりだったが、それでもヒナたちを怯えさせてしまったようだ。3羽とも口を閉じ、身じろぎもしていなかった。カメラをしまった途端、安心したのかいつものように大口を開けてさえずりだした。申し訳ないことをした。

 <7月30日追記>30日夕、ツバメの巣を確認したところ、3羽のヒナは姿を消していた。カラスなどに襲われたのならば、巣は惨状を呈しているはずだが、整然とした状態だったので、ヒナたちは無事巣立ったのだろう。
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海洋指向型古墳

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 連休期間中、山口県下関市にある道の駅「北浦街道 豊北」に立ち寄った。昨年3月、海に面した丘陵地を切り開いて開業した新しい道の駅だ。この敷地内に和久1号古墳という6世紀後半(古墳時代後期)の円墳があり、墳丘が展望広場になっていた。せっかくだからと海を見下ろす広場に上がってみると、珍しいことに横穴式石室がむき出しの状態で保存・公開されており、そばには石室の天井石も並べられていた。

 周囲の丘陵が完全に削り取られているため、かなり巨大な円墳に見えるが、石室前にあった説明板によると、直径10m、高さは2.5m程度だったと推定されるという。一帯を治めた首長クラスの墳墓とみられ、旧豊北町時代の1981年(昭和56年)に史跡指定されている。ただし、本格的な発掘調査や史跡整備は、今回の道の駅建設に合わせて行われている。石室を覆っていた天井石は危険な状態だったため、この時に取り払われたようだ。“1号古墳”と名付けられてはいるが、周囲に別の古墳があるわけではないらしい。

 史跡指定よりも前の1972年に発行された『豊北町史』には、この古墳は築港古墳という別の名前で紹介され、「急傾斜なこの丘陵の頂上は、せまいが平坦な雑木林である。ここには、古来鬼のカマと伝承のある一基の横穴石室がある」「石室の中央部分にあたる天井石は失われており、かって盗掘にあったことが伝えられている」などと当時の状況が説明されている。

 鬼のカマ(説明板には“鬼のカマド”と表記されている)と古くから呼ばれていたぐらいだから、墳丘の盛り土ははるか昔に流出していたのだろう。『豊北町史』には当時の写真も掲載されているが、大きな天井石の下に狭い開口部があり、前には土器らしき物が転がっている。古墳というよりも支石墓(ドルメン)のようにも見える。周囲は薄暗いヤブのような状態で、観光地化された現在とは別の遺構のようだ。

 被葬者に関する情報はほとんどないようだが、これだけ海に近い場所に葬られたのだから、交易や漁業など海を舞台に富を築いた人物なのだろう。豊北町のお隣にあった豊浦町(現在はいずれも下関市)の町史(1982年発行)は、山口県内の古墳は立地場所が二つに分かれると記している。

 一つは前面に水田地帯が広がった丘陵地や麓(全国的にはこれが多い)。もう一つが和久1号古墳のように海上交通の要衝を見下ろす丘の頂に造営されたケースで、町史は後者を“海洋指向型の古墳”と名付けている。あまり市民権を得た言葉ではないが、響灘の雄大な景観を望む和久1号古墳には非常にふさわしいネーミングだと思った。


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マッチョなハト

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 先日、福岡市博物館の前庭を散歩していた際、妙にたくましいハトを見かけた。上の写真右側の1羽だが、他の2羽とずいぶん体格差があるのがわかると思う。マッチョなハトは左側の1羽を追い回し、ちょっかいを出し続けていた。顔つきも何となく傲慢そうに見えた。嫌な奴だなと思いながら、しばらく観察していると、マッチョなハトは突然風船がしぼむように普通サイズになってしまった。どうやら羽毛を膨らませていたため、他のハトより大きく見えただけのようだった。

 インコが寒いときに羽毛を膨らませると聞いたことはあるが、ハトを見かけたのは(少なくとも人間にとっては)非常に蒸し暑い昼下がりだった。恐らくオスがメスに求愛行動をしていたのか、餌の取り合いで威嚇していたのだろう。羽毛を膨らませたハトなど多分珍しい光景ではないのだろうが、私は初めてだったので興味深かった。

 しかし、かつて“平和の使者”などともてはやされたハトだが、最近はどうも悪者扱いされているようだ。鳥インフルエンザの媒介が疑われているためもあるが、ハトの名前を冠した元首相の悪評が最大の原因のようにも思える。ニコニコ動画でペリカンがハトを捕食する衝撃的映像を見ていたら、「鳩山ざまあ」といったコメントがあり、かなり笑えた。
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福田に打たせて欲しかった

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 福岡ヤフオク!ドームで3、4日にあったソフトバンク―日ハム2連戦を観戦してきた。徒労感とストレスばかりがたまり、最悪の2日間だった。金を払って難行苦行を強いられたようなもので、ファンとしてはここが我慢のしどころなのだろう。

 ファンの立場であれこれ言っても仕方がないことはわかっているが、こう負けが込んでくると、選手起用や采配にも注文を付けたくなる。出来るならば、故障が癒え、ようやく一軍に上がってきた福田に打たせて欲しかった。2日間とも6回裏に細川の代打として告げられ、その途端、ドーム内は大歓声に包まれた。しかし、日ハムのピッチャーが両日とも左の石井に代わると、代打の代打が送られ、福田は結局打席に立つことなく終わった。

 代打の代打は右の中西。打ったのならばまだ許せるが、3日は1死1、2塁から空振り三振、4日は2死満塁からサードゴロ。いずれも何の見せ場もなく終わった。中西凡退は結果論に過ぎないが、「代打、福田!」で盛り上がったドームは、代わって中西が出てくると「ハア~!?」という声が出るほど微妙な雰囲気に変わり、拍手もほとんど沸かなかった。そして、中西の打席が恐れた通りの結果に終わった後、多くの観客から漏れた絶望的なため息…。

 福田は左投手が苦手なのだろうが、彼には類まれな俊足がある。これは中西にはない武器だ。少なくとも塁が埋まった4日の局面では、福田の足に賭ける選択があっても良かった気がする。中西ファンには申し訳ないのだが、観客の多くはそれを望んでいたように私には思えた。

 <追記>福田の復活を喜んで上のような記事を書いたが、彼の打撃を現実に見ると…。私が間違っていました。
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山笠のあるけん博多…なのか?

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 博多祇園山笠が始まると、福岡では決まって「山笠のあるけん博多たい」という言葉が飛び交うようになる。今さらの話だが、この言葉は「博多山笠」という博多銘菓のCMで使われていたものだ。製造販売していたのは福岡市にあった菓子メーカーお菓子の欧州。私の記憶する限りでは、CMの放映が始まったのは30年近く前のことで、このCMのお陰もあってか「博多山笠」は一時、博多土産の定番のひとつとしてビジネスマンらに人気だったらしい。

 ところが、不思議なことに、この菓子を食べたことがある地元民に私は出会ったことがない。多くの人がCMの内容は強烈に覚えているのに、CMのフレーズにあった“粒あんをフレッシュバターでくるんだ粋な味”がどういうものか想像がつかないという。土産品として販売されている銘菓を地元の人は案外食べていないもので、これは土産品の宿命なのだろう。私の周囲の福岡人の中には、現在の博多土産の定番、明月堂の傑作饅頭「博多通りもん」を食べたことがない人がまれにいる。

 私は学生時代、この「博多山笠」が大好物だった。正体は粒あん入りの四角いバターケーキで、牛乳を飲みながら食べると、ことのほか美味しかった。一個一個がアルミホイルで丁寧に包装されており、慎重にむかないとケーキがホイルにべったり付き、指ですくって食べる羽目になったが。下宿近くの酒屋兼食料品店で、なぜかこの菓子が売られており、バイト代や仕送りが入って懐がいくらか豊かな時に良く買ったものだ。値段は正確には覚えていないが、1箱1000円程度で、中身は結構ぎっしり入っていたと思う。

 お菓子の欧州は、「博多山笠」に続く商品開発が進まず、1995年9月に9億円の負債を抱えて自己破産した。一世を風靡したCMとともに、銘菓「博多山笠」の歴史も終わったとばかり思っていたが、同じ福岡市にあった菓子メーカー第一経営が商標や工場などを買収、旧博多駅のデイトスにあった第一経営店舗で「博多山笠」の販売は細々とながら続いていたという。

 その第一経営も急速な経営規模拡大などがたたり2009年3月に経営破綻。「博多山笠」は今度こそ幻の菓子になってしまった。私にとっては正真正銘の銘菓だったが、二つの会社の苦況を救えなかったのだから、時代にあった商品ではなかったのかも知れない。粒あんが入ったバターケーキなど(他にあるかどうかは別にして)何の変哲もない菓子だと言われれば、確かにその通りなのだろう。「博多山笠」の名前を巡り、お菓子の欧州と他の菓子メーカーが争った経緯もあるだけに、商標の行方は気になるところだ。

 写真は、このブログ恒例のヤフオクドーム前の飾り山笠。例によって人形を見ただけではモデルの選手が誰なのかわからないが、アンダーシャツの襟元に記された背番号で判断すると、打者は内川、投手は大隣のようである。大隣は難病で戦線離脱したが、無事に復帰してくれることを切に願っている。
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