3年ぶりの日本一パレード

DSCF0408.jpg

DSCF0411.jpg

DSCF0412.jpg

DSCF0416.jpg

DSCF0417.jpg

 福岡ソフトバンクホークス3年ぶりの日本一を祝うパレードが24日、福岡市の中心部一帯で行われた。時事通信の報道によると、沿道に詰め掛けたファンは実に35万人。2011年の祝賀パレードを2万人上回ったことになる。こういったイベントの際に主催者発表される参加者数がどの程度信頼できるのかはわからないが、物凄い人出だったのは確かである。博多祇園山笠、博多どんたく並みだったことは間違いない。

 パレードでは松田、内川、五十嵐、摂津の4選手が3台のオープンカーに分乗、残る選手たちは2台のオープントップバスの上から沿道のファンに手を振っていた。私自身は柳田、今宮、中村の若手3人組がお目当てだったのだが、残念ながら彼らとは反対側に陣取ってしまった。しかし、明石、金子、松中らの笑顔を目にすることができ、十分楽しめた。

 2軍暮らしが長かった松中は真っ黒に日焼けし、異彩を放っていたが、彼への声援は大きく、根強い人気をうかがわせた。彼の横にいるスーツ姿の男性は、例によって高島宗一郎市長だ。2011年のパレードの際は彼のはしゃぎっぷりを苦々しく思い「何を勘違いしたのか選手以上にはしゃいでいた。邪魔で仕方がなかった」と批判したが、この人の出しゃばりに慣れてしまったのか今回は何とも思わなかった。

 それどころか、一部女性ファンからは「あっ、高島市長もいる」と歓声らしきものが上がっていた。ひょっとしたら彼も人気者なのだろうか。そう言えば、8日前に行われたばかりの市長選では40%に満たない低投票率の中で、25万票というとんでもない得票で再選されていた。

 【追記】「なぜホークス優勝パレードに高島市長が参加するのか?」を検索ワードにこのブログを訪問された方がおられた。考えられる理由としては、パレード主催者が福岡市や福岡商工会議所などで組織する2014年福岡ソフトバンクホークス優勝祝賀パレード実行委員会だったためではないだろうか。実行委会長は末吉・福岡商工会議所会頭で、この人は摂津や後藤球団社長と一緒にオープンカーに乗っていた見知らぬスーツ姿の人物だと思われる。高島市長といい、末吉会頭といい、実行委の中心メンバーだからといって別にパレードに加わる必要はないと思うが。
スポンサーサイト
[Edit]

東福岡1強時代到来?

DSCF0386.jpg

DSCF0401.jpg

 第94回全国高校ラグビー福岡県大会の決勝が22日、春日市の春日公園球技場で行われ、東福岡が59-0(前半24-0、後半35-0)で修猷館を下し、15年連続25回目の花園出場を決めた。この20年間、決勝の会場は福岡市博多区のレベルファイブスタジアム(博多の森球技場)が多かったが、今年初めて春日公園に舞台を移し、さらに県立の名門進学校修猷館が2004年以来10年ぶりに決勝に進出。近年は東福岡対筑紫の顔合わせが多かっただけに、例年とは少し違った雰囲気の決勝となったが、今春の選抜大会を圧倒的な力で制した東福岡の強さは桁違いだった。

 ただ、スコアは一方的なものとなったが、前半はむしろ修猷館の方が低いタックルと鋭い出足を武器に、押し気味に試合を進めていた。東福岡が自陣ゴール前で防戦一方というシーンも長かったのだが、残念ながら修猷館が勝負どころのラインアウトでミスを連発、トライに結びつけることは出来なかった。ラインアウトからうまくモール攻撃につなげることが出来ていれば、もっと接戦に持ち込めたかもしれない。後半は東福岡がスピードある展開攻撃で次々に5トライを奪い、地力の差を見せつける結果となった。

 今大会の東福岡の戦績は、4回戦筑紫台戦が121-0(Aシード校は4回戦から登場)、準々決勝のライバル筑紫戦が76-7、準決勝の小倉戦が85-12、そして決勝の修猷館戦が59-0。1試合平均で得点が85点、失点は5点弱。まさに圧倒的な強さだったと言っていい。全国優勝から遠ざかった過去2年は、福岡県大会でも後半に追い上げられる試合が目立ち、ラフプレーも目に付いた。今年のチームは隙がない。全国大会でも間違いなく優勝候補と言えるだろう。

 冒頭書いたように東福岡の花園出場はこれで15年連続。90回の記念大会で福岡県に2校の出場枠が与えられ、福岡高校が千載一遇のチャンスをものにした2010年度を除けば、花園の土を踏むことができた東福岡以外の高校は1999年度の東筑まで遡らなければならない(この年の決勝は東筑が31-29で東福岡を下し、2年連続で花園出場を決めている)。

 それでも昨年までは楽に東福岡を勝たせてきたわけではなく、過去14年の決勝スコアを見ると、東福岡の辛勝という試合も少なくなかった。しかし、今年の東福岡の戦いっぷりは、本当の意味での“東福岡1強時代”が到来したのではないかと思える。ストップをかけるチームが来年は現れるだろうか。


[Edit]
Theme: ラグビー | Genre: スポーツ

学校給食から消えた中国産食材


 福岡市の学校給食から今月、中国産食材が消えている。市の公式サイトに掲載されている「11月に学校給食で使用する食材の産地」を見て気付いた。10月までは緑豆春雨をはじめとする複数の中国産食材が一貫して使われていた。中国産がすべて悪いわけではないとは思うが、恐らく多くの市民が安全性に疑念を持っていることだろう。そんな中国産食材が一掃されたということはニュースではないかと思うが、市や市教委が積極的にPRした様子はない。騒げば、過去にどれだけ中国産を使ってきたかに注目が集まり、かえって藪蛇になると思ったのだろうか。それとも中国を刺激したくなかったのだろうか。(写真はきょう11月17日の学校給食メニュー。福岡市学校給食公社のサイトから)

 先月はどんな中国産食材が給食に使われていたのか。小学校を例にとると、緑豆春雨のほかに味付け鶏レバー、きくらげ、缶詰マッシュルーム、きくらげの佃煮、だし昆布、乾燥わかめ、海藻ミックスの計8種類。遡って調べたところ、上記の食材のほか、イカ、アサリ、ヒジキなどが使われた際はほぼ100%中国産だった。これら以外にもイチゴジャム、はちみつ&マーガリン、がんもどき、きな粉、ぜんまい水煮、ビワゼリー、梅肉ペーストなどの中国産食材が度々登場している。イチゴジャムやはちみつ&マーガリンまでメイド・イン・チャイナだったのである。

 では、上記の食材が今月はどこの産地に変わったのか。春雨は北海道・宮崎・鹿児島・アメリカ産に、アサリは熊本・愛知産、イカは長崎の五島沖産、だし昆布は北海道産、乾燥わかめは韓国産となっている。毎月の給食献立になぜか必ず使われてきた味付け鶏レバー、缶詰マッシュルームなどは代替品が見つからなかったためか追放されたようだ。

 10月までは毎月ほぼ10種前後の中国産食材が使われていたのに、今月に入った途端、一気にゼロになったのである。いったい理由は何なのか。これはあくまでも私の想像だが、福岡市と同様、学校給食に中国産食材を多用していることを週刊誌にたたかれた杉並区の例が影響したのではないかと思う。批判された同区は先月、「保護者の不安を払拭するため」という理由で中国産使用を取りやめた。恐らく福岡市はこれを受け、慌てて中国産不使用に踏み切ったのではないだろうか。

 繰り返すが、中国産すべてが悪だと決めつけるわけではないが、報道されている中国の食品製造事情を踏まえれば、どうしても安全性への懸念は付きまとう。だから多くの市民は今回の措置を歓迎するとは思うが、だからこそ市や市教委はどのような理由で今回の措置を取ったのかきちんと説明すべきだろう。

 安全性に疑問符がついているのに長く中国産にこだわってきたのは、単に安いからだろう。国産等に切り替えれば、当然コストはかかる。今回は一過性の措置なのか、それとも今後長い期間にわたって中国産を学校給食から排除していくのか。後者だった場合、コストの上昇を献立を質素にすることで乗り切るのか、それともいずれは給食費に上乗せする考えなのか。疑問点は少なくない。16日の市長選で圧倒的な票を集め再選された高島市長にはぜひ、お得意のフリップを使って明快に説明してほしいものだ。

 【追記】11月26日の西日本新聞朝刊に福岡市の給食費が来春から値上げされるとの記事が出ていた。上げ幅は小学校が300円、中学校が400円で、これにより給食費は小学校が4,200円、中学校が5,000円となる。福岡市の給食費は2012年4月、12年ぶりに各400円値上げされたばかりだが、報道が事実ならば、今回はたった3年で再値上げとなる。理由は食材費の値上がりということだが、恐らく中国産食材の追放も関係していることだろう。市教委のサイトには12月に給食で使用する食材産地がすでに掲載されているが、やはり中国産は一切なかった。


[Edit]
Theme: 福岡 | Genre: 地域情報

旧高宮貝島邸

DSCF0365b.jpg

DSCF0374b.jpg

 NHKの朝ドラ『花子とアン』人気で、福岡県飯塚市にある旧伊藤伝右衛門邸の入館者が急増しているという。伊藤伝右衛門は『花子とアン』登場人物のモデルとなった筑豊の炭鉱王の一人。この伝右衛門邸人気にあおられたのか、先頃開かれた福岡市議会の9月定例会一般質問では、市議の一人が「福岡市の炭鉱王の邸宅整備はどうなっているのか」と市側を問い質していた。

 福岡市の炭鉱王邸宅とは、南区高宮に残る旧高宮貝島邸。正確には炭鉱王本人の邸宅ではなく、炭鉱王・貝島太助を支えた全盲の弟、貝島嘉蔵の旧宅だ。約1.8㌶の広大な敷地は鬱蒼とした森で、2枚の写真でもわかるように山同然だ。これでも西鉄高宮駅から徒歩数分の住宅街のど真ん中にある。

 この敷地の中には1915年(大正4年)に直方市に建てられ、1927年(昭和2年)に移築されてきた住居や茶室、衣装蔵の3棟(計約600平方㍍)が現存するらしい。現在は立ち入り禁止で、残念ながら目にすることはできないが、グーグルアースで見たところ、なるほど立派そうな建物が残っているのを確認できた(グーグルアースで高宮南緑地となっているのが旧高宮貝島邸の敷地)。

 私は以前、南区内の比較的近隣に住んでいたことがあり、貝島邸の存在は知っていたが、ここを福岡市が取得したことまでは市議会会議録で9月議会のやり取りを読むまで知らなかった。土地は1992年度から約20年がかりで買い取り、建物については貝島家から寄贈を受けたという。福岡市はここを歴史と自然にあふれた公園として整備し、一般開放する方針だというが、一向にその気配がない。9月議会で質問に立った議員は進捗状況を尋ねたかったわけで、市側の答弁は「財政難の中、用地取得が長期化し、取り掛かりが遅れている」というものだった。

 福岡市としては建物を改修するとともに敷地を庭園として整備し、観光資源として活用したい考えのようで、民間活力導入も検討しているという。しかし、現在のところは計画案さえ固まっていない段階だと思われる。我々市民が炭鉱王(の弟)の邸宅を目にできるのは、このままでは相当先のことになるだろう。宝の持ち腐れ状態がさらに続くことになるが、恐らく近隣住民以外の市民はこんな宝があることさえ知らないのではないだろうか。例え整備されていないにしても、年に何度か開放して存在を広く知らしめてはどうだろう。

 この邸宅を残した貝島家は、貝島炭砿の経営で財をなし、安川、麻生家とともに“筑豊の御三家”とも称された。現在の宮若市にあった貝島炭砿は筑豊では珍しい露天掘りの炭鉱で、これはコストを抑えるためだったという。それが功を奏したのかエネルギー革命の大波の中で、貝島炭砿は筑豊大手炭鉱の中では最後まで生き延び、閉山は1976年8月だった。しかし、閉山を報じた当時の新聞記事を読むと、最後まであがいた分、多額の負債を抱え事実上倒産状態での閉山となり、地元では「鉱害だけが残った」と冷やかに受け止められたという。

 御三家のうち、安川家が興した安川電機は今も日本の産業界で重きをなし、麻生家も経営多角化によって福岡の名家として残り、平成になって総理さえ輩出した。閉山の経緯もあってか、両家に比べれば、貝島家の名は地元福岡県でも残っていない気がする。


[Edit]
Theme: 福岡 | Genre: 地域情報