# 旧聞since2009

# 続・学校給食から消えた中国産食材

給食写真

 昨年11月、福岡市の公式サイトに掲載されていた学校給食の食材産地一覧を見ていて、中国産食材が一掃されていることに気付き、「学校給食から消えた中国産食材」という記事を書いた。この時は中国産排除が一時的な措置なのか、一貫して続ける方針なのか見えなかったが、新年度となる4月の産地一覧をチェックしてもやはり中国産は見当たらなかった。恐らくは中国産食材に対する市民の不安が完全に払拭されるまで、福岡市は使うつもりはないと考えて間違いないだろう。

 それにしても不可解なのは、この事実を市や市教委が一切公にしていないことだ。福岡市の給食費は新年度から3年ぶりに値上げされ、小学校が300円アップの1ヶ月4,200円、中学校が400円アップの5,000円となった。食材の値上がりなどを理由に昨冬、バタバタと決まったが、この裏には中国産食材排除に伴うコスト増もあったのではないかと思う。市民に負担増を強いるのだから、中国産食材排除についてもきちんと説明し、理解を得るべきではないだろうか。

 全国自治体の中には「学校給食に中国産の食材は使用しておりません」とPRしているところもある。市民には歓迎されると思われる措置なのに、福岡市が敢えて明らかにしないのは、なぜなのか。例えば、高島市長は2012年、大量の中国公務員を福岡市で研修させるというプログラムをいきなり発表し、「国を売るのか」と激烈な批判を浴びたことがあった。日中関係の悪化により結局は中止に追い込まれたが、高島市長が今なお中国マネーに熱い目を注いでいるのは明らかだ。食材排除をおおっぴらにすることで、下手に中国側を刺激したくないという思惑でもあるのだろうか。

 福岡市が中国産排除に踏み切った理由については、「学校給食から消えた中国産食材」の中で誤った推測をしていたので訂正させていただきたい。中国産食材を多用していた杉並区が週刊誌でたたかれたのを知り、福岡市は火の粉が及ばないうちにこっそり行ったと想像していた。だが、週刊誌では福岡市の多用ぶりも取り上げられ、これをもとに2014年10月の決算特別委員会などで市側を追及した議員のいたことがわかった。これが直接のきっかけだと思われる。

 しかし、理解できないのは市教委側はこの委員会で、「全ての中国食材の使用を完全にやめることはできないのではないかと考えている」と答弁をしていることだ。決算特別委が開かれたのは10月17日。この時点では明らかに中国産使用を続ける方針だったのに、現実には11月の給食から排除が始まった。一体何があったのか。やはり市長は市民に対してきちんと説明すべきだと思う。(写真は福岡市学校給食公社のサイトから拝借)
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# 岩戸山古墳の新資料館

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 福岡県八女市の道の駅に行った帰り、岩戸山古墳に立ち寄ってきた。国史跡「八女古墳群」を代表する巨大な前方後円墳(墳丘全長は135㍍)で、筑紫君磐井の墓だと推定されている。ちょうど3年前にも来たことがあるが(「磐井の墓・岩戸山古墳」)、古墳北側に新資料館(仮称・岩戸山文化歴史交流館)が完成し、周囲の景観がだいぶ変わっていた。新資料館は今年11月開館の予定だ。

 現在の岩戸山歴史資料館は岩戸山古墳を挟んだ反対側にある。きょう3月30日は月曜のため休館だったが、3年前には入館し、感心した記憶がある。入館料は130円。ちっぽけな施設なので適正価格とも思えるが、石人石馬などの展示品の多くは国の重要文化財なのである。中でも鶴見山古墳などから出土した武装石人は圧巻だ(下の写真)。しかも写真撮影OK。たった130円の料金で重要文化財の数々を目の当たりにし、写真撮影できる施設など世の中にそうそうあるものではない。“羊頭狗肉”ならぬ“羊頭松阪肉”のような驚きのある資料館だった。

 しかし、現資料館は1984年完成で老朽化が進んでいるうえ、周辺道路が狭く、観光バスが進入できない――などの難点を抱え、八女市は新資料館建設に踏み切った。新資料館は鉄骨平屋約2,000平方㍍で、展示室は現在の約2倍の840平方㍍。「郷土の英雄、筑紫君磐井を再評価する」とともに、八女市の北の玄関口に当たる文化・観光施設とする狙いだという。総事業費は約8億7,000万円。新資料館建設工事は本体工事、機械工事、電気設備工事に分けて地元業者に発注されており、新資料館の開館を前に、地元にはすでに一定の経済波及効果をもたらしたことだろう。

 新資料館には8億7,000万円の巨費が投じられ、また、施設が拡充される分、維持管理費もかさむだろうと思う。入館料130円でまかなえるはずはなく、少々の値上がりは仕方がないと思うが、“羊頭松阪肉”的な驚きはぜひ引き継いで欲しいものだ。


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# 謎の言葉「モンチ」

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 昭和40年代、私が小学校に上がった頃の話だ。九州山地に囲まれた田舎町から福岡都市圏に出てきたのだが、一番戸惑ったのは言葉だった。私も方言を話していたのだから偉そうなことは言えないが、博多弁(あるいは福岡弁)には意味不明の言葉が少なくない。同世代の子供たちが何を言っているのか、さっぱり理解できないことも多かった。

 特にわからなかったのが「モンチ」と「ココトットート」だ。2番目は鶏の鳴き真似ではない。例えば、公園でブランコに乗ろうとしたら、いきなり「モンチ、モーンチ!」と騒ぎ出す者が必ず現れ、わけわからずに無視して遊んでいたら今度は「コケコッコー!」(正確には「ココトットートと言ったろうが」)と喚きながらケンカを吹っかけてくるのである。とにかく参った。福岡人は鳴き声も行動も雄鶏に似ていると思ったものだ。

 この意味不明な2語はどちらも自らの所有権を高らかに宣言する、いかにも福岡らしい言葉で、モンチは「俺のものだ」、ココトットートは「この場所は取っている」ぐらいの意味だ。ココトットートはひょうきんな感じが気に入り、そのうち私も使うようになったが、モンチの方には馴染めなかった。言葉の響きが何となく不快だし、なぜこの言葉が「俺のものだ」になるのか意味不明なことも気色悪かった。ただ、私が嫌ったからではないだろうが、そのうち耳にすることがなくなった。

 私が小学生時代に住んでいたのは、1~2年生の頃が現在の筑紫野市、3~4年生の頃が福岡市博多区、5~6年生が大野城市。モンチを使っていたのは筑紫野市、博多区の子供たちで、大野城市では聞いた記憶がない。しかし、地域的には大野城市は博多区南部と隣接しており、ここだけ言葉が違ったとは考えられない。高学年になると使うのが恥ずかしくなる、いわゆる“幼児語”みたいなものだったのだろうか。

 語源を調べてみようと、図書館にあった『博多ことば』(江頭光、海鳥社、2011)、『博多方言』(松井喜久雄、1997)、『福岡県のことば』(平山輝男他、明治書院、1997)などの本をめくってみたのだが、モンチに関する記載は幼児語の項目を含め一切なかった。どうも真っ当な博多弁ではなかったようである。「チカッパ」などと同様、歴史の浅いローカルな流行り言葉だったのだろう。まったくの想像だが、「俺のもんち言っとろうが」(俺のものだと言っているだろう)などの言葉の省略形だったのかもしれない。

 福岡で育った20歳代の若者数人に「モンチという言葉を知っているか」と尋ねたところ、誰もが聞いたこともないと答えた。現在では死語のようだ。よそから福岡に引っ越して来た子供たちが、この意味不明な言葉で悩まされることはもうないだろう。

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# 葬り去られる請願80件

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 福岡市議選(4月3日告示、12日投開票)を前に、市議会について三度考えてみた。今度は請願について取り上げたい。あくまでも私が大ざっぱに調べた結果だが、この4年間に福岡市議会に提出された請願のうち、80件以上が継続審査となっている。継続審査の案件は現議員の任期切れと同時に廃案となる。つまり間もなく葬り去られる運命だ。期待を込めて請願を出した市民の失望は大きいことだろう。

 請願とは、市議会のサイトでは「市民が国や地方公共団体等に意見や要望を述べることをいいます。(中略)福岡市議会に提出された請願書は常任委員会などで審査したうえで、本会議で採択か不採択かを決定します」と説明されている。しかし、市議会が2014年1年間に「採択」「不採択」を決めた請願は、わずか5件(採択3件、不採択2件)に過ぎない。定例議会だけでも年4回開かれているのにである。

 昨年12月議会の時点で、実に78件もの請願が積み残されており、12月に受理された6件を含め計84件の判断が先送りされた。議会用語では「閉会中の継続審査に付した」ということらしいが、現議員任期中最後の議会となった今年2~3月の議会でも結局3件に対して結論を出しただけだった(12月議会受理の2件を採択、3月受理の1件を不採択)。

 請願者の中には「人工島関連予算の否決について」といった請願を毎年のように出しては不採択となっている市民団体が存在する。彼らにとっては請願提出など手慣れた作業だろうが、多くの市民にとっては少なからぬ勇気と労力がいる行為のはずであり、そうまでして議会に救いを求めるのは差し迫った課題に直面しているからだろう。しかし、議員たちは真摯に向き合ってくれているのだろうか。こうして見ると、請願の多くは継続審査となり、それは事実上の廃案であることが良くわかる。

 では、どんな請願が継続審査になっているのだろうか。採択、不採択が決まった請願の内容は市議会のサイトで確認できるが、継続審査のまま終わったものに関しては資料が見当たらない。しかし、請願提出自体がニュースになったものが一部あり、その中には「委員会採決時の傍聴を求める」というものがあった。提出したのは、あの「まちこわし大賞」を主催する「福岡・住環境を守る会」で、市議会に透明性を要求したものだ。昨年1月の議会運営委員会で審議され、継続となった。大半の会派は賛成したというが、自民党が異論を唱えたらしい。

 この1件だけで判断するのは乱暴だとは承知しているが、“本音は不採択にしたいのだが、不採択にすると自分たちの見識が疑われかねない”という請願は片端から継続審査にしているのではないか、という疑いを持った。

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# 百道浜にこんな標識が

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 福岡市早良区西新~百道浜にある全国2番目の「サザエさん通り」に25日、写真のような案内標識がお目見えした。

 この日朝、百道浜を歩いていたら、ビニールで覆われた看板らしきものが目に付いた。シルエットが明らかにサザエさんだったので、「サザエさん通り」関係の看板の類いだろうとは想像がついた。午後、もう一度同じ道を通ると、すでにビニールが外され、標識が姿を現していた。市のサイトに掲載されていた報道発表資料によると、通り沿いに計7ヶ所の案内標識が新設され、この日午前10時半から除幕式が行われたという。

 この通りが誕生した(正確には既存の通りに愛称が付けられた)のは2012年5月。原作者の長谷川町子さんが戦時中、一帯に疎開し、百道の海岸を散歩中に『サザエさん』の登場人物を思い付いたことにちなむ。誕生から間もなく3年。一部の熱狂的なサザエさんファンは別にして、全国的な知名度は今もゼロに等しいとは思っていたが、驚いたことに、グーグルマップにはいつの間にか「サザエさん通り」と表記されている。

 通りの起点に当たる交差点にはちょうど1年前、高さ3.8㍍、幅4.6㍍の大きなサザエさん看板が据え付けられた(「サザエさん通りの大看板」)。大看板や標識は行き当たりばったりで設置されているわけではなく、2013年度に開かれた「サザエさん通り」構想検討会の議論に基づき、計画的に進められている。行政が予算を使って行っているのだから、当たり前と言えば当たり前だが。

 案内標識の設置だけでなく、長期的には歩道改良や通りの所々に休憩スペースを設けるなど、歩いて楽しい通りにするためのハード整備も検討されている。通り沿いにある西南学院大はちょうど、創立100周年(2016年)を記念したキャンパス再整備の真っ最中だが、セットバックして歩道を広げるなど、積極的に協力していく方針らしい。構想検討会には西南学院大のバークレー学長(次期理事長)が副会長として加わっていたが、議事要旨を読むと、彼の前向き発言が目に付いた。

 この通りが誕生した時、“名前を付けて終わり”で、別に広がりがある話ではないだろうと思っていた。しかし、通りを中心に一帯の街づくりを進めるという結構大掛かりなプロジェクトにいつの間にか発展していたようだ。


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# 10分で終わった議員定数論議

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 福岡市議選(4月3日告示、12日投開票)を前に、市議会の問題を2回連続で取り上げてみたい。前回2011年の選挙では、議員定数が63から62へ、わずか1とは言え削減された。しかし、今回の選挙は62に据え置かれる。議会というものは概ね、行政に対して行財政改革を迫っている。なのに自らの定数削減についてはまったく議論がなかったのだろうかと思い、会議録を調べてみたところ、「議員定数調査特別委員会」という会議が開かれていた。しかし、その中身は恐ろしいほど空虚なものだった。

 議員定数調査特別委員会が開かれたのは昨年11月17日。まず驚いたのは、開会時間が午後2時ちょうどで、閉会が午後2時10分だったことだ。つまり所要時間は、わずか10分。これだけで会議の程度が知れるが、中身もその期待を裏切らない。

 委員長が「来期の議員の総定数について各派の検討結果はどうか」と報告を求めたのに対し、委員の一人(委員会の会議録は匿名)が「本市の人口増は考慮しながらも、現在の本市の財政状況、他都市における定数据え置きや削減の傾向、市民感情を考慮して現行定数に据え置くことが適当であると考える」と口火を切った。続いて5人の委員が意見を述べたが、すべて回答は「現状通り」。さらに各区の定数配分についても全員がやはり「現状通り」。なるほど10分で会議が終わるはずである。

 しかし、市議選を前に各会派が公表している政策等を見ると、「議員定数の削減」を明確に打ち出している会派もあれば、議会改革諮問会議を設置したうえで「議員定数、議員報酬の在り方を抜本的に見直します」と約束している会派もある。本来ならば、議員定数の問題についてもっと突っ込んだ議論が行われて然るべきだろう。会派内ではひょっとしたら少しは真面目に議論したのかもしれないが、表に出ていないのだからやっていないのも同然。市に対しては行財政改革を迫っても、議会自らが身を切る改革を断行するなど到底不可能だということが良くわかる。

 前回市議選の前、今は崩壊したみんなの党の渡辺代表(当時)が福岡を訪れ、福岡市版のローカルアジェンダ(地域政策課題)をぶち上げたことがあった。その主な中身は、福岡市議定数の2割削減と議員報酬の2割カット。ざっと計算してみたところ、これにより議員報酬と政務活動費だけで約3億5,000万円もの予算が浮く。みんなの党を支持していたわけではないが、コスト面からの議会改革という視点は非常にわかりやすいと思った。

 議員定数削減に対しては、少数意見の切り捨てにつながり、チェック機能も低下するとして反対する意見があるのは承知している。正論だとは思うが、今の市議会が高島市政に対してその役割を果たしているのだろうか。

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# 福岡市議一人に3,200万円


 統一地方選が近付いてきた。4年前の前回統一選の前、「福岡市議年収は1400万円超」という記事で福岡市議の厚遇ぶりを紹介したことがある。当時、名古屋市長の河村たかし氏が、高額な議員報酬引き下げを巡って市議会と対立しており、「それでは福岡市議の報酬は?」と思ったことが記事を書いたきっかけだった。再び巡ってきた統一地方選を前に、今度は福岡市議会の経費全体について取り上げてみた。

 今月16日、その市議会で可決された2015年度の福岡市一般会計当初予算によると、議会費は計19億9,000万円で、前年度よりも8,900万円の増。福岡市議の数は62人なので、議員一人当たり約3,200万円の予算が使われる計算になる。内訳は、報酬が9億266万円で、一人平均1,455万円。使途がしばしば問題になる政務活動費が2億6,040万円で、同420万円。二つを合わせると計1,875万円。これが議員個々に支払われる固定経費みたいなものだ。

 そのほかでは議員活動を支える議会事務局職員40人の給与3億5,968万円、海外行政視察の経費1,280万円、調査陳情費3,606万円、会派が独自に雇用するスタッフの人件費3,659万円などが計上されている。政務活動費とは別に、視察費や会派スタッフ雇用費などまで支給されているのだから、至れり尽くせりと言った感じだ。

 驚いたのは、議員共済のために2億8,435万円という巨額の予算が盛り込まれていることだ。わずか12年(国会議員は10年)の支払いで給付を受けられた議員年金に対しては「議員優遇」との批判が多かったが、平成の大合併で議員数が大幅に減り、制度の維持が困難になったとして2011年6月に廃止された。しかし、すでに年金を受給していたOBに対しては継続して給付されることになり、その費用は全額公費負担となった。恐らくこの2億8,435万円は、議員OBへの年金給付維持のため福岡市が負担する金だろう。

 福岡市議選は4月3日告示、12日に投開票される。議員のホームページやパンフレットを見ても自画自賛ばかりで、1票を行使するうえでの参考にはならないが、
市議会のサイトはかなり活用できると思う。例えば、会議録検索システムを使えば、個々の議員が本会議でどのような質問や討論をしてきたかを調べられるし、最近の本会議の模様はYoutubeでも閲覧可能だ。また、議案や請願等に対する会派ごとの賛否も記録されている。

 仮に、会議録検索でまともな情報がヒットしないような議員がいたとすれば、要するに会議録に名前が残るだけの活動はしてこなかったというわけだ。いくらなんでもそんな議員は皆無だとは思うが、以前、借金問題を起こしていた福岡県議について調べたところ、まるまる8年間一般質問に立っていなかったことがわかり、驚いたことがある。この議員は今期限りで引退するらしい。

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# 向山炭鉱の廃墟

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 佐賀県伊万里市の川南造船所跡の隣接地に、向山炭鉱の廃墟が残っていることを先日紹介した(「川南造船所跡は公園になるはずでは」)。この中で「向山炭鉱も川南工業の所有だった」と書いたが、戦時中、川南工業が経営していたのは間違いないものの、戦後は別の会社が経営を引き継ぎ、1963年(昭和38年)の炭鉱閉山時は福岡の会社の所有だった。『伊万里市史 戦後編Ⅱ』(伊万里市史編さん委員会、2006)に閉山時の状況が書かれていたので、かいつまんで紹介したい。

 最初に、川南工業や向山炭鉱について改めて説明しておくと、川南工業とは、1961年に起きたクーデター未遂事件「三無事件」の主犯格、川南豊作が経営していた造船・炭鉱会社(「三無事件と川南豊作」)。伊万里市には戦時中、特攻兵器の特殊潜航艇「海龍」を製造した軍需工場・川南造船所(正式名は川南工業浦ノ崎造船所)があり、その廃墟が2012年3月まで残り、廃墟マニアの間で「超有名物件」として熱い注目を集めていた。

 一方、向山炭鉱は1917年(大正6年)に操業を始めた炭鉱。戦時中は軍需産業として隆盛を極めた川南工業が傘下に収めたが、戦後、川南工業の経営が一気に傾くと、経営権は次々に移り、閉山時は福岡市の鎮西興業が引き継いでいた。現在も残る廃墟は、石炭積み出し施設の跡だ。

 1950~60年代、国内炭は、安価な海外炭や石油との価格競争にさらされ、炭鉱経営会社は生き残りをかけて合理化を進め、労働組合と激しい闘争を繰り広げていた。最も激しく、そして有名なのは福岡県大牟田市で起きた「三井三池闘争」だが、規模こそ小さいながら向山炭鉱でも激烈な労使紛争が続いた。特に、経営権が鎮西興業に移って以降は「労使の対立はさらに険悪化」(『伊万里市史』)し、会社が雇った「保安員」と組合員との暴力沙汰も起きていたという。保安員とは、恐らくヤクザの類だろう。

 1962年(昭和37年)末には電力料金の未払いで炭鉱への送電が停止され、炭住街の電灯さえ消える事態になった。「混沌とした事態が半年以上も続いた後、昭和三八年(一九六三)七月六日に閉山した」(『伊万里市史』)。閉山時の出炭量は月産4,000㌧、従業員数は359人だったという。海上に残るシュールな廃墟は、川南造船所跡と一体のものだと思っていたが、こうして見ると、いわゆるエネルギー革命がもたらした残骸だったことがわかる。

 『伊万里市史 戦後編Ⅱ』には、三無事件に関しても面白い記述があった。事件前の1961年6月、川南豊作は伊万里市を訪れ、操業を停止していた川南造船所の再建を表明し、地元に協力を要請した。伊万里湾一帯を工業地帯とすることを目標としながら、工場誘致を実現できないでいた市や地元はこれを喜んだが、この年の12月に三無事件が発生。再建は「事件と共に雲散霧消した」という。

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# 大分替え玉保険金殺人


 このブログを始めたのは2009年暮れだったので、まる5年が過ぎた。内容はと言えば、福岡のローカル情報を独断と偏見で紹介しているだけなので、普段の訪問者数はささやかなものだ。ただ、年に1、2度、目を疑うようなPVを記録することがある。おおむね九州の古い凶悪犯罪がテレビ番組で取り上げられ、たまたまこのブログに該当事件に関する記事があったケースだ。過去には「佐賀替え玉保険金殺人」「布団詰め死体駅送事件」「1979年、浜田武重がいた場所」などのPVが突如として跳ね上がったことがあった。

 昨日3月18日夜も「佐賀替え玉保険金殺人」へのアクセスがずいぶん多いなと思っていたら、またもこの事件を題材にした番組が放送されていた。記事の中でも書いているが、あの『火曜サスペンス劇場』の原作ともなったぐらいの事件なので、ドラマ性があるのは間違いない。

 現在、福岡拘置所(写真)にいる確定死刑囚の中にも替え玉保険金殺人犯がいる。尾崎正芳(40)、原正志(57)の2人組だ。年は若いが、尾崎の方がむしろ主犯格。二人は2002年の犯行当時、ある女性と養子縁組して義兄弟となっており、両者とも竹本姓を名乗っていた。原と養子縁組していた別の竹本姓の人物も事件に関わっており、当時の新聞を読むと、竹本が3人も出てきて紛らわしくて仕方がない。それを避けるため、この記事では現姓の尾崎、原で統一する。

 犯行前、尾崎は北九州市でスナックを経営し、原はその手伝いをしていた。経営は火の車。資金繰りに困った尾崎は替え玉保険金殺人を思い付き、原に計5,400万円の保険金をかけ、身代わりとなる人物の物色を始めた。最初は原と年齢・背格好が似た男性をターゲットにしたが、彼には怪しまれて逃げられ、犠牲となったのは北九州市で暮らしていたホームレスの男性(62)だった。

 2002年1月31日夜、原が「良い仕事があるから」と連れ出し、睡眠薬を飲ませた後、大分県安心院町(現・宇佐市)の川で水死させた。その後、「知り合いが川に落ちた」と自ら119番通報し、被害者の身元を聞かれると自分の名前を伝えた。偽装工作のため、あらかじめ自分の財布を被害者の服に入れていたという。

 しかし、当時の原は44歳。被害者の男性とは年齢が大きく離れていただけでなく、背格好も違っていたらしい。無理を承知の犯行だったのだろう。また、現場の川岸には男性が転落した形跡さえなかった。大分の山間部を犯行現場に選んだのは、あるいは「田舎の警察ならば、だませる」と甘く見たのではないかと思うが、数々の不審点を突く宇佐署の取り調べに、犯行翌日の2月1日には原があっさり自供した。彼の自供に基づき、アリバイ作りのため直接手は下さなかった尾崎も間もなく逮捕された。

 これ以前の1月8日、北九州市八幡東区の民家で男性が殺害され、放火される事件が起きていた。以前にリフォーム会社に関わっていた2人が、工事代金を巡り被害者の男性とトラブルになっていたことが取り調べの中で判明した。身柄を福岡に移された彼らはこの事件についても追及を受け、原がついに「尾崎に命じられ、刃物で男性を殺害し、通帳を奪った後に放火した」と自白し、連続殺人だったことが明るみに出た。

 両事件とも実行犯は原だが、計画を練り、犯行を指示したのは尾崎。法廷で、原は「尾崎に暴力で脅され、無理やりやらされた」と訴え、一方の尾崎は「八幡東の事件では通帳を奪えと指示しただけで、殺人や放火は原が勝手にやった」と反論した。共犯者に責任をなすりつけることができれば、自分の死刑は回避できると目論んだようだ。それ以前に、犯行段階からこの二人は「命令したのは尾崎」「実際に手を下したのは原」という理屈で、自分の罪は減じられると本当に思い込んでいた気がする。

 しかし、福岡地裁小倉支部は2005年5月16日、二人に求刑通り死刑判決を下した。同日の西日本新聞夕刊によると、裁判長は「わずか三週間のうちに強盗放火殺人、保険金殺人を実行しており、残虐非道で酌量の余地は皆無」と断罪。尾崎に対しては「事件を首謀し、罪責は極めて重い」、原については従属的な立場だったと認めながらも、「自己の利益のために他人の命を奪うことをいとわず、残忍」と、それぞれ厳しく指弾したという。

 最高裁まで争ったが、死刑判決は覆らず、2010年に刑が確定した。二人は1審判決後に養子縁組を解消している。死刑確定前に支援者らと養子縁組をし、改姓する者は少なくないが、珍しいことに彼らは逆のケースだ。

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# エコルカードのエリア縮小

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 西鉄バスの学生・生徒向け福岡都市圏乗り放題定期券「エコルカード」の利用可能エリアが4月1日から、縮小される。現在、このカードで自由に乗り降りできるのは福岡都市圏の9市10町村だが、朝倉、古賀、福津、宗像の4市と筑前町、東峰村がエリア外となり、新たに販売される「ワイドエコルカード」の対象地域となる。エコルカードの料金は高校・大学生向けが1ヶ月7,000円だが、ワイドは10,000円。つまり一部の高校・大学生にとっては実質的に3,000円、率にして43%もの大幅値上げとなる。

 西鉄のニュースリリースによると、利用可能エリア外となる6市町村のバス路線は年々収支が厳しくなっているといい、西鉄側はバス路線維持のため、負担増への「ご理解とご協力を」と求めている。しかし、最もお得な6ヶ月券で比較した場合、エコルカードが37,000円なのに対し、ワイドは18,000円高い55,000円。年間にして36,000円もの負担増を強いられる高校・大学生の家庭はたまったものではない。
 
 この利用可能エリア縮小の話は、たまたま西鉄バスに乗った際、運転席後ろの掲示板に貼り出されていたお知らせを見て知った。西鉄公式サイトを調べて見ると、ニュースリリースは1月20日に出されていたが、ネット検索をしても関係記事等は見当たらなかった。影響が限定的なためか、報道機関の関心を呼ばなかったのだろう。

 西鉄の2014年3月期決算では、バス事業は16億円の黒字。15年3月期も10億円の黒字を見込んでいる。一時は慢性的な赤字と言われていたが、恐らく1,000円高速打ち切りによる高速バス事業の復調や、大幅な路線廃止・減便などの合理化策が功を奏したのだろう。路線維持のための努力を西鉄だけに負わせて良いとは思わないが、これだけの黒字を確保している以上、利用者の負担増についてはもう少し配慮があって良かったという気がする。エコルカードはせっかくの大ヒット商品なのだから。

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駄田泉

管理人:駄田泉
福岡の中小企業に勤める定年間近の中年オヤジです。物忘れが激しくなったため、ボケ防止のためにブログを書いています。主に福岡の情報を紹介していますが、タイトル通り、新しい話は何もありません。Twitterではたまに、胡散くさい情報を発信。