幻の「あじあ号」保存計画

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 北九州市で以前、次のような話を漏れ聞いたことがある。同市の門司港レトロ地区で2009年春から、旧貨物線のレールをトロッコ列車が走り、観光客の人気を呼んでいるのだが、何とこの路線に「あじあ号」を走らせる壮大な構想があったという。

 「あじあ号」とは、終戦まで事実上の日本統治下にあった中国・満州(現在の東北部)を疾走していた南満州鉄道の特急列車で、最高時速は、当時として破格の130km。「あじあ号」投入までは2日間かかっていた大連―新京間701kmを8時間半で結んだ“夢の超特急"だ。驚くことに、全車冷暖房完備だったという(このあたりの記述は川村湊著『満州鉄道まぼろし旅行』などを参考にした)。

 「あじあ号」を牽引していたのは、純国産の超大型SL「パシナ」。戦後、多くの車両は旧ソ連が接収し、勝手に自国に運んだというが、ごく一部が中国国内に残された。このうちの一両が、かつての始発地だった大連に野ざらしに近い状態で保管されていた。これを同市と友好都市の関係にあった北九州市の関係者が知り、一時「パシナ」の帰還運動が起きたらしい。

 関係者らは、仮に修理可能ならば、冒頭書いたように門司港レトロ地区の旧貨物線を走らせ、観光資源として活用する腹積もりだったようだ。結局、この構想は、一歩も進むこともなく幻で終わった。

 理由の一つは、費用の算段がつかなかったためのようだ。動態保存実現のためには、「パシナ」を北九州まで運搬したうえで、現実に走れるように修理する必要がある。門司港レトロの旧貨物線は線路幅が狭い狭軌だが、「パシナ」は現在の新幹線並みの標準軌を走っていた車両のため、線路の改良も必須。どう考えても、巨額の金が必要になる。中国側が戦勝遺産を手放すことを良しとしなかったことも決定打になったと聞く。

 旧満州で生まれ、幼いころ、「あじあ号」に乗った経験があるという人に偶然出会ったことがあるが、引き揚げ後、初めて日本のSLを見た時「トロッコ列車と見紛うぐらい、ちっぽけに見えた」と語っていた。それほどに「あじあ号」を牽引した「パシナ」は巨大だったらしい。

 大連にあった「パシナ」が現在、どのような状態にあるかは知らないし、中国という国の難しさはわかるが、この構想に何とかもう一度取り組み、実現できないかと思う。
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