旧制福高の外国人教師宿舎

旧聞に属する話2011-外国人教師宿舎

旧聞に属する話2011-外国人教師宿舎3

 「旧末永邸の焼け跡」の中で、福岡市に古い木造の洋館がほとんど残っていないと書いたが、洋館ではないものの昭和初期の洋風建築が早良区西新の樋井川沿いにあるのを思い出した。旧制福岡高校が昭和2年(1927年)、外国人教師の宿舎として建てた平屋の建物で、現在は九大が保存し、市文化財にも指定されている。

 文化財としての正式名は「九州大学西新外国人教師宿舎第3号棟」。昔の福岡を知る者にとっては妙にノスタルジーを感じる建物だ。米軍基地が福岡にあった昭和の昔、近郊の大野城市白木原の辺りには、色遣いこそ異なるものの似た風情の米軍住宅が立ち並んでいたものだ。

 この建物がある一帯は今でこそ海岸線からかなり離れているが、大規模な埋め立てが行われるまでは樋井川河口付近に位置していた。昭和20年代の地図を見ると、当時の地名は「西新汐入地」となっている。いかにも潮風に吹かれ、波の音が聞こえてきそうな名前だ。宿舎が出来た昭和2年には、西新と旧制福高があった現在の中央区六本松方面とを結ぶ市内電車(城南線)が開通しており、通勤には便利だったことだろう。

 3号棟という名前で分かるように、外国人教師宿舎は隣接して他にも2棟があったが、老朽化によって取り壊され、跡地は現在、九大西新プラザとなっている。3号棟もプラザの一角にあり、交流棟という扱いだ。風格ある洋風住宅の解体を惜しんだ地域住民が存続を要望、比較的老朽化が進んでいなかった3号棟だけが解体を免れたと聞く。建築史的には「明治・大正の洋館」から「昭和の近代都市中流住宅」に移行する過渡期の建物で、極めて重要なものらしい。
関連記事
スポンサーサイト
[Edit]