高校付設の予備校

 ※福高研修学園は2016年春に閉校となりました。以下の記事は2011年に書いたものです。


 福岡高校付設の予備校、福高研修学園が今なお健在であることを最近知った。福岡県立高校の付属予備校は、河合塾や代ゼミ、駿台など中央大手予備校の侵攻により、ほとんど絶滅したと思っていたので、少し驚いた。OBではないので詳しい事情は分からないが、恐らく相当の進学実績で、受験生や保護者の信頼が今も厚いのではないか。

 高校付設の予備校と言っても、大方の人は理解できないと思うが、福岡市内の県立普通科高校の多くには20世紀の終わりごろまで、なんと予備校が併設されていたのである。運営は同窓会やPTAを母体にする学校法人で、名称は修猷学館や筑紫丘学館など校名を冠しているのが一般的だった。

 講師陣は高校教師が務めるケースが多く、しかも在籍者は当該高校の卒業生ばかりだったから、予備校併設校には「4年制高校」の雰囲気が漂っていた。中には制服着用を義務付けているところさえあり、校章のバッジで現役生か浪人組かを見分けていた。3浪の末に合格した私の大学時代の友人も一時通ったらしいが、「浪人になっても学生服着るんだから、まるで『ガクラン八年組』だよ」とぼやいていたものだ。

 とある名門校では、部活顧問の教師が「何のために学館がある。受験勉強は浪人になってしろ!」とまで放言し、部活優先を強いることもあったらしい。こういった発言が問題になるどころか、生徒はおろか保護者にまで結構支持されていたというから、今では考えられない話だ。ただ、修猷学館、筑紫丘学館などは旧帝大や早慶クラスの合格者をバンバン出していたので、先のような「高校生活3年間はとにかく楽しみ、受験勉強は学館で」といった発言にも説得力があったのだろう。

 もともとは旧制中学時代の補習科がこれら付設予備校の起源と聞くが、私の母校のような(当時としては)新設校にも当たり前にあった。楽しむも何もただボーっとしたまま高校生活を終え、当然ながら浪人生活を送ることになった私も1年間お世話になった。親不孝通りの語源ともなった地元の民間予備校に比べて学費が格段に安く、親も何とか認めてくれたのである。予備校の行事で県外への遠足があったり、日祝日はしっかり休みだったりと相当いい加減な学風で、当然、私を含めて合格実績は惨憺たるものだったが…。

 冒頭書いたように、1980年代頃から始まった大手予備校の福岡進出で、付設予備校は名門校、非名門校問わず次々に廃校となり、高校付設予備校とは共存していた親不孝通り近くの地元予備校も前後して討ち死にした。近くに大手予備校の一つが進出し、これが決定打になったらしい。

 こんな特殊な予備校、あった(ある)のは福岡だけかと思ったら、wikipediaによると、岡山や島根など中四国の一部県では現在も健在らしい。また、鳥取では県費負担で運営されてきたが、少子化の時代を迎え、地元民間予備校から「民業圧迫だ!」という批判が出され、存続危機に立たされているとか。民間予備校とやらには「進学実績で勝負しろ!」と言いたいが、県が浪人の世話までしているなど福岡以上に特殊な例ではある。

 【ガクラン八年組】しもさか保の硬派学園マンガ。初出は週刊少年マガジン。下の写真はリイド社の復刻版。タンカーをぶん投げる不良が出てきたりして楽しい。


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