「殺人県」福岡

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 先日書いた「マルヨ無線事件」で福岡の古い事件に興味を覚え、『実録・福岡の犯罪』(フクオカ犯罪史研究会編、葦書房、1993)という本を読み返している。フクオカ犯罪史研究会編とはなっているが、実際には福岡に昔あった地域紙フクニチ新聞の連載記事を再録したものだ。

 手元にある下巻には、1952年の門司の幼児三人殺しから1983年のホテル「月光苑」放火殺人まで計25件の事件が収録されているのだが、23件までが殺人事件だ。「殺人県・福岡」。こんな恐ろしい表現がこの本の中にあったが、なるほどその通りである。以前、2chなどで福岡県が「修羅の国」と揶揄されていることを紹介したが、「殺人県」の方がはるかに生々しい。

 紹介されている事件をいくつか挙げると、佐木隆三さんの『復讐するは我にあり』のモデルとして有名な西口彰事件をはじめ、「十人殺し」古谷惣吉による連続殺人(被害者8人。これ以前にも2人を殺害し服役している)、津田院長殺害事件などがある。

 これらの事件は有名どころと言えそうだが、1954年に現在の豊津町で起きた一家8人殺害事件などはこの本を読むまでまったく知らなかった。別れ話のもつれから、男が内縁の妻とその家族を襲い、鍬で殺傷したという事件だ。福岡と言えども、一度にこれだけの犠牲者を出した事件は空前絶後ではないか。犯行現場は比喩でなく血の海で、現場検証を行った捜査員らは血に浸かる状態だったという。

 『実録・福岡の犯罪』が取り上げたのは1983年までの事件だが、その後も凶悪犯罪が相次いでいる。死刑が確定した事件だけでも、飯塚の2女児殺害(1992年。2008年に刑が執行されたが一部で冤罪の指摘がある)、久留米の看護師による連続保険金殺人(1998~99年)、福岡3女性殺害(2004~5年)など少なくない。

 また、1・2審で死刑判決が出され、上告審を待っている事件でも、親族ら7人が男女2人によって皆殺しにされたと言われる北九州監禁殺人(2002年事件発覚)をはじめ、中国人の元留学生による福岡一家4人殺害(2003年)、大牟田の元組員一家による知人家族ら4人殺害(2004年)などがある。

 こうして見ると、1990年代後半から2000年代初めにかけて福岡では毎年のように大量殺人が起きている。まるで戦後の混乱期のようだ。これは“たまたま”なのか、福岡という土地柄に何か問題があるのか。行政、ないしは警察が社会病理学的な側面から本腰を入れて研究する必要があるのではないだろうか。

 写真は、数多くの殺人事件を裁いてきた福岡地・高裁。
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