川南造船所跡

旧聞に属する話2010-川南造船所跡5

 以前、佐賀県伊万里市の海岸沿いを走っていた時、異様な建物を見かけたことがある。コンクリート製の巨大な建造物で、工場、または発電所のように見えたが、閉鎖からかなりの時間がたっているのか、荒廃した雰囲気が漂っていた。

 興味をひかれたが、先を急いでいたこともあり、そのまま通り過ぎた。後日気になって調べてみた。建物の正体は「川南造船所」跡。佐賀県のホームページには、戦時中は軍需工場として稼働し、特攻兵器「人間魚雷」を製造していたとある。戦後もしばらくは操業を続けていたが、1955年に閉鎖され、今ではすっかり廃墟と化しているのだという。

 半世紀以上も放置されていることに呆れたが、県側にも言い分はあるらしい。造船所跡地があるのは埋立地だが、公有水面埋め立て免許の失効後に完成したため、法律上は“土地ではなく、海に流れ込んだ土砂の上”。そして、この土砂の権利関係が複雑なのだという。正直なところ、「何もしなかったこと」に対するお役所ならではの言い訳にしか聞こえないが、手を付けるには、ちょっと面倒な代物だったのは確かだろう。戦争関連の遺構だけに、簡単に壊して良いものかという思案もあったようだ。

 近隣住民にしてみれば、安全や治安の面からも心配だ。「何とかしてほしい」と長年要望を続けていたが、伊万里市が昨年ごろから、ようやく腰を上げ、建物の一部を「平和遺産」として保存した上で、周囲を緑地化する計画をまとめたと聞く。戦争の貴重な生き証人だけに、安易に解体しないのは非常に良いことだと思う。これまでの行政の無策が、かえって良い方向に働いたと言えるかも知れない。

 ところで、この造船所跡について調べる中で、「廃墟マニア」とも言うべき人々が多数いるのを知り、少し驚くと同時に、納得もした。確かに廃墟には、荒廃した中にも華やかだった時代の記憶が詰まっているようで、初めて訪れた場所でも郷愁みたいなものを感じる時がある。1960年代、エネルギー革命の大波をかぶった九州北部には、炭坑をはじめ多数の廃墟が今も残っている。その代表的存在だった長崎沖の軍艦島が、昨年の一般上陸解禁以来、非常な人気を集めているのもそんな理由からだろうか。

 ただ、廃墟という場所柄か、恐ろしい思いをすることもあるようだ。川南造船所跡でも昨年3月、名古屋から訪れていた男性が、白骨遺体に遭遇したという。一件を報じた記事によると、死後2年で、近くにロープが垂れ下がっていたことから、自殺の可能性が高いらしい。そう言えば、数年前にも似たような話があったなと思い出した。ただし、もっと生々しい。

 2004年9月4日早朝、福岡県二丈町にあったホテルの廃墟(現在はすでに取り壊されている)で、大学生の男女4人が肝試しをしていたところ、首つり自殺した男性の遺体を見つけたのだ。こちらは死後数時間、その状況を想像すると…。肝試しどころの話ではない。さぞかし怖かったに違いない。

 <注>伊万里市が建物の一部を保存する方針と書いたが、2月23日の朝日新聞報道によると、同市は造船所跡を1年以内に撤去することを決め、その費用を新年度予算案に計上したという。




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