庚寅の年号刻んだ大刀

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 福岡市西区の元岡古墳群から出土した話題の大刀を遅ればせながら見てきた。西暦570年に当たる「庚寅(こういん)」という干支が刻まれていることが市教委のX線検査で分かり、大々的に報道されたあの鉄剣だ。10月9日までは同市博多区井相田の市埋蔵文化財センターに展示されている。センターの担当者によると、大刀の歴史的価値は低く見積もっても国重要文化財級らしい。国宝指定を期待する声さえあるようだ。

 現地説明会の際に市教委が配布した資料によると、大刀が出土した古墳自体は7世紀半ばの築造だという。下の年表は資料から一部抜粋したものだが、7世紀とは東アジア情勢、国内情勢ともに大きく揺れ動いた動乱、変革の時代だったことが良く分かる。この時代の中で、元岡を含む糸島半島一帯は、聖徳太子の実弟・来目皇子の嶋(志摩)郡駐屯にみられるように、重要な役割を果たした地域だったことは間違いないだろう。

 元岡古墳群をはじめとする元岡・桑原遺跡群の発掘調査は、九州大の伊都キャンパス移転に伴うものだ。福岡発の考古学ニュースは最近、この遺跡群に関係するものが非常に多い気がする。飛鳥時代の「官営製鉄」跡が見つかったのをはじめ、複数の木簡、昨年は金銀で装飾された鉄製大刀なども出土している。移転工事が続く以上、考古学上の貴重な発見もまだまだ続くに違いない。そして「記録保存」の名の下、貴重な遺跡は次々に破壊されていくことだろう。こういった点から考えても、移転地として果たして妥当な場所だったのだろうか。

 527年 磐井の乱
 536年 那津官家修造(現・比恵遺跡)
 556年 新羅、大伽耶を併合
 553年 百済より「暦博士」招聘
 570年 「庚寅」銘大刀
 602年 来目皇子、新羅討伐のため2万5000の兵を率い嶋郡へ
 607年 小野妹子を隋に派遣(遣隋使)
 630年 犬上御田鍬を唐に派遣(遣唐使)
 645年 大化の改新
 663年 白村江の戦い
 664年 水城の築造
 665年 大野城、基肄城等を築造
 672年 壬申の乱

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 <福岡市埋蔵文化財センター>福岡市博多区井相田2-1-94。開館時間は午前9時~午後5時で、月曜休館。入館無料。http://www.city.fukuoka.lg.jp/maibun/html/index.html



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