私が食べていた「ひよ子」の正体

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 小学校に上がる前、九州山地の麓にある小さな街で暮らしていた。親族の多くが福岡に住んでおり、盆・正月の楽しみの一つは彼らが土産に持ってきてくれる博多銘菓だった。何より「ひよ子」が好物で、毎日のように食べてもまったく飽きなかった。ある日、かぶりついた「ひよ子」がいつもと微妙に違うのに気付いた。妙に色白だし、子供心にも味が上品な気がする。もう「落ち」を察した人もいるだろう。私が普段食べていたのは「ひよ子」とは似て非なる別のお菓子で、初めて食べた色白の品こそが正真正銘の「ひよ子」だったのだ。

 話は飛んで、社会人になっての話である。急な東九州出張で、JR博多駅から「特急にちりん」に飛び乗った。急いでいたので、訪問先への土産も買っていない。車内販売が(当時は)聞いたことがない博多銘菓を「お土産にいかがですか」と売りに来たので、これ幸いと買い込んだ。

 出張先の事務所を訪ねたのは、ちょうどお茶時。事務所の女性には菓子の差し入れを喜ばれ、早速箱が開けられたのだが、菓子が姿を見せた途端に微妙な空気が流れた。「アレッ、ひよ子…?」。これも多くの人はおわかりだろう。特急車内で買い込んだ、聞いたことのない博多銘菓とは「ひよ子」のそっくりさん「二鶴の親子」。私はこの時初めて、子供の時に食べていた菓子の正体を知った。旧友に再会したような懐かしい気分だった。

 製造メーカーの二鶴堂が、「ひよ子」の立体商標を認めた特許庁と争い、勝訴したのは後の話(2006年11月)。“偽ひよ子”とも罵倒された「二鶴の親子」はこれで完全に市民権を得たわけだが、意外なことに二鶴堂のホームページの商品案内には肝心の「二鶴の親子」がない。主力商品「博多の女」や「博多ぽてと」の紹介やオンライン販売が主である。裁判沙汰になったのではイメージが悪いと結局製造中止になったのだろうか。福岡市東区の二鶴堂本社売店を21日、急襲してきたが、土・日曜は休みで空振りだった。後日「二鶴の親子」を目撃したら、報告したい。

 立体商標を巡る争いについては、このページが詳しい。

 <追記>二鶴堂にメールで尋ねたところ、残念ながら「二鶴の親子」は2008年頃に販売を終了したそうである。詳しい理由までは書かれていなかったが、本文中に書いたように二鶴堂の主力商品はずいぶん前から「博多の女」や「博多ぽてと」などであったようだ。勝訴したとは言え、ブランドイメージを高めるためには「二鶴の親子」を抱えていたのではかえってマイナスと判断したのではないだろうか。
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