筑豊のこどもたち

旧聞に属する話2010-筑豊のこどもたち

 写真家・土門拳氏の『筑豊のこどもたち』の中に、気になる写真がある。炭住街の子供たちを写した1枚なのだが、この中の一人が、えらくしゃれた格好をしているのだ。横文字が胸に入ったトレーナーにジーンズ姿。履いている靴はズックと違い、今風のスニーカーのように見える。髪形も、他の子供たちのように坊主頭や前髪を切りそろえた“坊ちゃん刈り”ではない。年齢は10歳ぐらいだろうか。

 『筑豊のこどもたち』と書いたが、現在も入手可能と思われる築地書館発行版(写真右側)には、この写真は収められていない。土門氏の子供をテーマにした写真集のダイジェスト版とも言える『腕白小僧がいた』(小学館文庫)の中に、「炭住街には、午前中も午後もずる休みしたこどもたちが群れている」という写真説明とともに掲載されている(写真左側)。

 今時の子供なら珍しくもない格好だが、この写真の撮影は1959年(昭和34年)。ちなみに、調べてみると、岡山県倉敷市のメーカーが国産ジーンズを初めて発売するのは翌1960年のこと。彼がはいているのは、間違いなく輸入物である訳だ。当時、進駐軍が持ち込んだ品がアメ横などで売られていたといい、国産物発売以前から、それなりに出回ってはいたらしい。しかし、高級品ではあったようだ。おいそれと手にできるものではなかっただろう。

 当時の筑豊はそれほど貧しくはなかったという意見はある。土門氏の撮影の舞台となった中小炭鉱はこの頃、ばたばたと閉山しており、写真集の事実上の主役となった「るみえちゃん」姉妹のように、極貧の中にいた子供たちも確かに多かったことだろう。その一方で、辛うじて存続していた大炭鉱の場合、過酷で危険な労働に従事する分、坑員の賃金は世間一般よりも相当高かったとも聞く。だから、地元では『筑豊のこどもたち』発刊当時から「筑豊の恥部だけを写した」と批判も多かったらしい。

 とは言え、『筑豊のこどもたち』に登場するジーンズ姿の子供は彼だけだ。それどころか、全国各地の子供たちのスナップが掲載されている『腕白小僧がいた』の中にも、同様の格好をした子供は誰一人として写っていない。大げさな例えだが、未来からタイムスリップして来た子供が一人交じっているようでもある。藤子アニメの『キテレツ大百科』で、ブタゴリラ(登場する少年のあだ名)が航時機(タイムマシン)に乗って昭和30年代に行き、自分の父親と仲良しになる話をつい思い出した。ジーンズの少年の素性が気になるところだ。
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