大名小学校の校舎



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 福岡市からまた一つ、数少ない近代建築が消えるかもしれない。1929年(昭和4年)完成の大名小学校校舎(中央区大名、鉄筋コンクリート3階建て)だ。同市の市立学校校舎では唯一戦前から残る。学校自体は市中心部の児童数減少による統廃合のため、2014年3月で廃校になることが決まっている。地域のシンボルでもあった重厚でモダンな校舎存続を願う声も上がっているが、例によって福岡市のやることだ。どうも雲行きが怪しい気がする。

 学校は1873年(明治6年)、大明小学校として開校した。学校の歴史も市内では一番古い。OBの一人には城山三郎さんの『落日燃ゆ』で有名な元首相、広田弘毅もいる。こういった学校の歴史も踏まえ、郷土の先人資料館として活用を提案する市議もいるが、市側の回答は「校舎の歴史的価値を調査したうえで検討する」。ただ、市議会本会議での教育長答弁をたどっていくと、ニュアンス的には次第に後退しているように感じられる。

 例えば、2010年12月議会の答弁では「昭和4年の建築で80年以上がたっており、本市の学校で唯一現存する戦前の校舎」とだけ述べていたのが、2011年3月議会では「建築80年以上経過し老朽化など進んでいることから、取り扱いには慎重な判断が必要だと考える」と老朽化を強調するような答弁に変じている。歴史ある建物なのだから老朽化するのは当然のことで、それをきちんと保全していくのが文化行政であるはずだろうに。第一、この建物に関しては現役の校舎なのだから、一番重要な耐震補強は行われているのだ。老朽化を理由に保存できないとは思えない。

 市側は最近になって、大名小の敷地の一角にある市立青年センターの廃止を打ち出した。「役割を終えた」との理由で、大名小と一体で跡地利用を考えていくのだという。下の地図でもわかるように、市の中心部・天神に隣接し、目抜き通りの明治通りにも面した一等地に結構な広さのスペースが生まれるのだ。財政難にあえぐ福岡市が有効活用を考えても不思議はない。実際、昨年3月議会では教育長のほかに、市役所内の“デベロッパー”住宅都市局長も答弁に立ち、「都心の魅力を向上する上で重要な役割を担う場所であると考えております」などと述べている。雲行きが怪しいと感じるのは、こういった点からだ。

 市教委が行っている大名小校舎の歴史的価値を探る調査は3月にもまとまり、市側はこれを参考に2012年度中に保存か取り壊しかの方向性を打ち出すという。結論を注視したい。


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