梅ヶ谷から127年

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 唐突だが、福岡から大相撲の横綱がもう120年以上も出ていない。これまでに福岡が生んだ横綱は、雲竜久吉(1822~1890年)、初代梅ヶ谷藤太郎(1845~1928)の2人。梅ヶ谷が引退したのは1885年(明治18年)5月場所後のことだから、横綱不在期間は正確には127年にも上る。あの魁皇を持ってしても横綱には届かなかった。

 先日、梅ヶ谷の出身地・旧杷木町(現在は朝倉市)を訪ねたところ、公共施設の敷地にある梅ヶ谷のブロンズ像前で小学生の相撲大会が開かれていた。「江戸の大関よりも地元の三段目」ということわざがあるが、三段目どころか地元が生んだ大横綱である。現役時代は1世紀以上前とは言え、町にとっては今も大きな誇りのようで、こうやって大きなブロンズ像が建ち、顕彰の相撲大会が開かれ、生家跡も名所になっている。

 生家も昭和の末までは現存し、町の文化財に指定されていた。81年刊行の『杷木町史』に当時の写真が掲載されているが、木造平屋茅葺きの質素な住宅だったようだ。町史刊行当時、すでに築160~170年と推定されており、老朽化により、残念ながら1987年に取り壊されたという。

 福岡出身の総理大臣も奇しくも2人。こちらも最初の広田弘毅(在任期間1936~37年)から2人目の麻生太郎氏(同2008~09年)まで長い空白があったが、それでも71年だ。福岡に限っての話だが「一国の首相となるよりも横綱になる方が難しい」と言えるかもしれない。

 ただ、現在の角界には大関琴奨菊という期待の若手がいるが、政界の方は福岡出身の国会議員の顔ぶれを見渡しても次代の総理を狙える人材など誰一人として見当たらない。“3人目”の可能性は横綱の方がずいぶん高いと言えるのではないか。昇進後の琴奨菊の成績が今ひとつパッとしないのが少し心配だが。

 梅ヶ谷の生い立ちや事績は、朝倉市の公式サイトにある「ふるさと人物誌」が詳しい。
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