日の里団地のガス爆発


 福岡県にある宗像地区消防本部(写真)のホームページに興味深い記述がある。消防本部設立のきっかけになったのが、昭和48年(1973年)に宗像町(現・宗像市)の日の里公団アパートで起きたガス爆発事故だったと記されているのだ。事故の詳細を調べてみると、2人の住民が死亡、重軽傷者も多数に上ったという大惨事で、この事故を契機に消防本部が設立されただけでなく、国レベルで集合住宅の構造や熱源まで再検討されたほどだという。原因は火元の部屋に住む主婦の自殺未遂。しかも動機は子供をせっかん死させたことを警察や夫に知られるのを恐れたためというから、巻き添えとなった人たちにとってはやりきれない話だ。

 事故が起きたのは11月15日朝。火元の部屋で大爆発が発生、猛烈な爆風で天井、床、玄関ドアが吹き飛び、階上、階下、向かいの部屋も一瞬にして炎に包まれた。死亡したのは、火元の住民ではなく向かいの部屋に住んでいた女性(55)と孫(1歳3ヶ月)だった。

 事故の前日、火元の部屋に住む夫婦の子供が頭を打ち、死亡していた。主婦は病院で「押入れに寝せていたところ、誤って転落しコタツで頭を打った」と話していたが、警察は不審を抱き、ガス爆発が起きたこの日、主婦を事情聴取する予定だった。

 この夫婦も火傷を負って入院したため、捜査は慎重なものとなったが、事件から約1ヶ月後、主婦は夫を道連れにガス自殺を図ったことを自供。夫に対する殺人未遂や重過失致死傷の疑いで逮捕された。何も知らない夫が朝、たばこに火を付けたことが爆発の直接の原因だった。その後の調べで、子供が押入れから落ちたという供述もうそで、泣き止まないのに激怒し床にたたきつけて死なせたことを自白する。近所では暴力的な子育てで有名だったという。

 爆発の原因は身勝手極まるものだったが、堅固なはずの鉄筋コンクリートの建物に大被害が出たことに建設省(当時)は衝撃を受け、冒頭書いたように建物の構造やガス漏れ対策など再発防止策の検討を進めている。熱源を電気に切り替える方針もこの時に打ち出されたというから、現在のオール電化住宅普及の遠因はこの事故だと言えるかもしれない。

 亡くなった女性は女手一つで一人息子を育て上げ、事故が起きた年の夏まで、息子家族とともに幸せな生活を送っていたという。しかし、夏の豪雨で息子が死亡、詳しい理由は当時の新聞等では語られていないが、嫁はその後出て行き、事故当時は孫と二人暮らしだった。一つの家族をこうも相次いで悲劇が襲うとは…。言葉もない。
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