幼児の“犯罪”

 昭和の古い事件を調べるようになって、「犯罪の低年齢化」という状況に疑いを持ち出した。統計をきちんと確認したわけではないが、今では信じ難いような事件がこの時代には結構起こっている。極め付きの例が、1975年(昭和50年)に鹿児島県のある町で起きた事件だろう。5歳を筆頭とする幼児3人組が近所の家に侵入、生後間もない赤ん坊に凄惨な暴行を加えて殺害したというものだ。

 ネット上に情報が流布しているので、ご存知の方も多いかもしれないが、概要を簡単に紹介すると――。両親が寝ている赤ん坊を一人残し、近くで農作業をしていたところ、留守宅に近所の5歳と2歳の兄妹、3歳の従兄弟の3人が上がり込んできた。赤ん坊を見るのが目的だったようだが、そのうち5歳と3歳の男児2人がリンチまがいの暴行を加え始めた。この家にあった包丁を持ち出して刺し、棒状のもので殴り、最後は犬用の鎖で赤ん坊を物干し用の柱に縛り付けたという。帰宅した父親の妹が惨劇に気付き、赤ん坊は病院に運ばれたが、頭蓋骨骨折など全身にむごたらしい傷を負い、助からなかった。

 驚くのはこの事件が起きたのが1975年だったことだ。30歳代前半までの人にとっては自分が生まれる前の大昔だろうが、戦後の混乱期だったわけではない。高度成長期は過ぎていたとは言え、社会全体、そして個々の家庭がまだまだ急速に豊かになっていた時代だった。この年の出来事や世相をネットで拾い出してみると、3月には山陽新幹線が博多まで開通、一方で集団就職列車の運行がこの月限りで終了している。中卒就職者が減り、少なくとも高校まで行くのが当たり前のライフスタイルになっていた。大卒の初任給は10万円の大台が目前だった。

 だが、事件が起きた町、そして幼児たちの家庭は豊かさを実感できる環境にはなかったようだ。農漁業が主産業であるのに肝心の農地はやせて狭く、決して少なくない住民が当時も出稼ぎに行かざるを得なかったという。兄妹の両親も子供を親類に預けて福岡で働いていたが、母親はほとんど帰省することはなかったらしい。幼児たちは両親に愛される赤ん坊に嫉妬したのではないか、と当時の新聞記事は伝えている。現在も健在ならば、3人組は42歳、40歳、39歳になる。
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