力丸ダム保険金殺人

 福岡県宮若市(旧・若宮町)にある犬鳴峠や力丸ダム一帯は心霊スポットとして有名な場所だ。空恐ろしい都市伝説がネット掲示板では今も語られているが、私が子供の頃、力丸ダムはむしろ明るいイメージの場所だった。ダム湖畔にスケート場があり、ここが大変な人気を集めていたからだ。スケート場は、福岡市内にも天神の福岡スポーツセンター(跡地はソラリアビルになっている)などがあったが、力丸スケート場は九州では珍しい野外スケート場だったうえ、筑豊の山中にあり気軽には行けない分、福岡の子供にとっては憧れの場所だった。夏はプールとして営業しており、「千人プール」の名前で記憶している人もいるかもしれない。

 スケート場がいつまで存続していたのかはっきりしないが、2003年発行の『若宮町誌』には「筑豊の数少ないレジャー施設として、一時は大変な賑わいをみせた。(中略)そのほとんどが閉鎖され…」とある。執筆から発行までのタイムラグを考えれば、2003年のかなり以前に閉鎖されていたと思われる。跡地は放置され、凄まじいまでの廃虚と化し、これが心霊スポット化に一役買った。だが、ネット掲示板で話題となった最大の要因は、一帯で凶悪事件が多数起きたことだろう。最も有名な事件と言えば、1988年12月に犬鳴峠で起きた不良少年4人組による工員男性焼殺事件だろうが、力丸ダムでも1979年11月、2人が犠牲となる保険金殺人が起きている。

 暴力団会長の男が妻に約2億円の保険金をかけたうえで、車ごとダム湖に転落させ殺害したという事件だ。恐らく1974年に起きた別府3億円保険金殺人の手口を真似たのだろう。運転していたのは3000万円の報酬で雇われた知り合いの男で、自力で脱出する手はずだったというが、転落の衝撃が予想以上に大きかったのか、運転の男も水死した。犯行当日は、なじみのホステスらの誕生会を湖畔で開いており、男は「母親にも料理を食べさせたいので迎えに行ってくれ」と妻を欺き、車に乗せたらしい。

 事件直後、警察は交通事故として処理している。だが、男が莫大な借金を負い生活費にも事欠いていたのに多額の保険料を支払っていた――などの理由から、最初から保険金殺人を疑っていたようだ。翌年、共犯の組幹部とともに逮捕され、この幹部が犯行を全面自供した(裁判では供述を二転三転させるが…)。

 男は一貫して無実を訴えたものの、1、2審とも無期懲役判決が下り、1994年には自ら上告を取り下げた。この時、46歳。取り下げの理由は犯行を認めたからではなく、「自分の主張が通らない刑事裁判に絶望した。体力があり、社会復帰の可能性があるうちに服役する」というものだったらしい。無期懲役と言いながら、以前は十数年の服役で仮釈放が認められるケースもあり、これに期待をかけたのだろう。

 しかし、現在では無期懲役刑は限りなく(仮釈放制度がない)終身刑化していると指摘されており、運良く仮釈放が認められた者の平均在所期間も30年を大きく超えている。男は現在、64~5歳となっているはずだが、最近の傾向に従えば、仮釈放が認められるにしても十数年は先のことだろう。

 犬鳴峠や力丸ダム一帯は実は風光明媚な場所であり、心霊スポット騒ぎや都市伝説を地元の人は苦々しく思っているという。
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