時効事件の現場


 写真は、福岡市中央区天神の某デパート地下に通じる階段踊り場だ。この場所で1988年9月2日の夕方、近くの会社に勤めるOLが若い女に刺殺される事件が起きた。被害者と女が立ち話をしているのが目撃されており、女は犯行後、タクシーに乗って逃走した。その後の福岡県警の捜査で、被害者はこの日、知人女性(以下、Aと表記)と待ち合わせをしており、容疑者の女がタクシーを降りたのはAの自宅近くだったことがわかった。事件の触りだけを読めば、容易に解決できそうに思えるが、警察はついに容疑者を逮捕できず、事件から15年後の2003年9月2日、時効を迎えている。

 この事件は「天神OL殺害事件」とも呼ばれている。被害者が待ち合わせをしていたAに対しては警察側も重要参考人として事情聴取を行っているが、Aは「天神で被害者を見かけたが、会ってはいない」と事件との関わりを否定したという。疑問に思えるのは、警察がこの時点でAへの捜査をいったん打ち切っていることだ。Aに対する再度の事情聴取を警察が決断するのは事件から14年後、時効前年の2002年。だが、この時、Aは行方知れずとなっており、結局所在さえつかめないままに終わっている。

 なぜ、事件が起きた1988年時点で、Aに対する徹底した捜査がなされなかったのだろうか。事情聴取で自供も物証も得られなかったためだろうが、警察側が非常に簡単にあきらめた(と思える)理由は想像できないでもない。当時の新聞記事を見ると、被害者のOLは退社前、同僚に「これから人と会うが、ノイローゼの人なので本当は嫌だ」という趣旨のことを漏らしていたという。さらに記事はAが後に入院していたことを報じている。入院の理由について記事は言及していないが、恐らく精神科系の病院に入っていたものと想像される。

 天神OL殺害事件が起きた1988年には、福岡県警にとってもう一つ重大な事件が起きている。この年の5月、現職の警部補が自らの拳銃を持って金融機関に押し入ったというものだ。動機は愛人のフィリピン人女性に「祖国の両親に家を買って」とせがまれ、金を工面するためだった。この事件後、県警の威信は地に墜ちていた。私の勝手な想像に過ぎないが、県警に対する県民の厳しい視線の中で、精神を病んだ若い女性に対して厳しい取り調べを行い難い雰囲気があったのではないだろうか。

 現場の階段踊り場があるのは、九州一の繁華街と言われる天神の一角だ。周囲には多数の人が行き交っているのに、この場所だけは不思議なほど人気がない。事件の目撃者もそれほど多くはなかったようだ。都市の死角とは、このような場所を言うのだろう。後味の悪い事件だ。
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