陸軍が掘ったペグマタイト

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 先日、伊藤野枝の墓を探しに福岡市西区今宿の長垂山に登った際、麓にある説明板(写真、クリックで拡大)に少し興味をひかれた。国指定天然記念物の「含紅雲母ペグマタイト岩脈」について紹介したもので、ペグマタイトとは大きな結晶からなる火成岩のこと(写真2枚目)。説明板によると、ペグマタイトの紅雲母(リシア雲母)に含まれるリチウムを得るため、戦時中に旧陸軍が採掘していたという。陸軍はいったい何のためにリチウムを欲しがったのだろうか。興味をひかれたのはこの点だが、軍に関係することなので記録等も残っておらず、よくわからないらしい。

 リチウムなので単純に電池かと思ったが、調べたところ、リチウム金属電池の発明は1948年のことで、現在主流のリチウムイオン電池の実用化に至っては1980年頃。そのほかリチウムの用途としては、航空機用のアルミリチウム合金、水爆(または核融合)といったところが軍に関係しそうだが、やはり両者とも戦後の技術だ。もちろん、これらの技術を陸軍が戦時中に研究していたという可能性はゼロではなく、福岡市の鉱物研究者の中にはアルミリチウム合金説を唱える人もいる。軽量で強度的にも優れた合金で、現代ではスペースシャトルの燃料タンクなどに使われているという。

 個人的には、旧日本軍は原爆開発もあきらめたわけだから、水爆の可能性はないだろうと思っているが、真相は少々調べたぐらいでは突き止められそうにない。ただ、陸軍が長垂山でペグマタイト採掘を始めた経緯はぼんやりとながらわかった。1933年から60年まで、九州大(九州帝国大)工学部の教授を務めていた著名な鉱床研究者、木下亀城氏が深く関わっていたようだ。

 これは旧地質調査所(現・独立法人産業技術総合研究所地質調査総合センター)が発行していた『地質ニュース』(地質調査総合センターのサイトにPDFで掲載されている)に紹介されていた話なのだが、戦前、長垂山の麓に標本屋があり、リシア雲母を売っていた。この店主が巨大なリシア雲母を担保に木下氏から大金を借りたが、結局返済できず、雲母を地質調査所に売却して返済金を工面したという。この際、店主はこれまで秘密にしていたペグマタイト産地の場所を木下氏に明らかにした。これを知った軍部が目を付けたということらしい。

 陸軍は開戦前年の1940年から終戦の45年まで一貫して採掘を行い、木下氏著の『日本地方鉱床誌 第9巻 九州地方』(朝倉書店、1961)によると、計200tの鉱石を掘り出している。リチウム含有率は2%だったというから、陸軍が手にしたリチウムの総量は4t程度だったことになる。戦況が厳しくなった時期にも採掘を続けていたことを踏まえれば、用途が研究開発用だったとしたら、よほど重要な研究だったのではないだろうか。

 説明板の最後に「現在ではその美しい淡紅紫色の鱗状結晶群をみることは困難となっています」と記されているが、実はペグマタイト岩脈は、長垂山の真下の海岸に突き出している(下の写真)。うち1本の岩脈にはリシア雲母が含まれているらしいが、天然記念物なので採掘は不可である。


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