大阪万博随想


 上海万博グッズの偽物が多数出回り、中国政府が摘発に躍起になっているという記事が9日の朝日新聞にあった。パクリの祭典に偽物もへったくれもないように思うが、自身の権利が侵害されることだけには、あきれるほど敏感だ。いかにも中国らしいと思う。

 期間中の入場者は万博史上最多の7000万人を見込んでいるらしいが、13億人、あるいはそれ以上の人口を抱える国だ。いくら国土が広大で、貧富の格差が大きいとは言っても、その程度の目標は達成できるだろう。しかし、かの国の巨大都市で開かれる万博でさえ7000万人なのだ。40年も昔に6400万人もの入場者を集めた大阪万博の熱狂は一体何だったのだろうと思う。

 大阪万博当時は小学生。九州の子供にとっては、家庭環境や貧富の格差を思い知らされる結構残酷なイベントでもあった。地元の関西や東海道新幹線で結ばれた関東と異なり、九州から見た大阪は遥か彼方の地。山陽新幹線はなかった。飛行機などは、多くの子供が「一生に一度乗れるだろうか」と真面目に案じていた時代だ。相当の金持ちか、運よく大阪に親類がいるか、あるいは貯金を取り崩してでも子供に貴重な体験をさせたいと考える立派な親がいるか、こういった家庭の子でなければ太陽の塔を拝むことなど出来なかった。

 そんな幸運な子供はクラスに数人、いや学年に数人いただろうか。混雑を避けるため、夏休み前に学校を休んで出かける者もいたが、こういう子供に限って親がPTA役員だったりした。教師とは“特権階級”には寛容なものだ。万博に行くことが出来た級友たちは決まって「月の石を見てきた」と自慢げに語っていたが、よくよく感想を聞いてみると、答えはたいてい「よく見えなかった」か「その辺の石と同じ」だった。それでもうらやましかったものだ。

 1970年という時代、振り返れば高度成長期の終焉近くに当たるのだが、あの万博を境に、日本人の生活水準はさらに向上していったようにも思う。会場だった吹田市には、今に至るまで行ったことがない。太陽の塔の写真は、家族が撮影したものである。
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