千年家

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 「千年家」こと福岡県新宮町にある国重要文化財「横大路家住宅」の修復前の写真が、以前使っていたパソコンに残っていた。横大路家とは17世紀中頃に建てられたとみられる九州最古の民家で、岩手県遠野地方で見られるような曲り屋だ。写真を撮影したのは2000年秋ごろ。この時は横大路家の44代当主ご夫妻がお元気だった。撮影の許可を求めたところ、快く応じていただいたことを覚えている。

 横大路家住宅があるのは国道3号線から程近い場所。国道沿いには当時から大型店が立ち並び、現在では大規模な土地区画整理事業が3号線をはさんだ西側の地区で進んでいる(写真下)が、住宅のある一帯だけには2000年当時も今も農村風景が辛うじて残っている。写真を改めて見ると、林に囲まれた庭には草花が生い茂り、茅葺き屋根にはセイタカアワダチソウらしき雑草さえ生えている。一見手入れの悪い古民家のようだが、周囲の景観と妙にマッチし、民話的な世界を作っていた。

 この当時で築約350年。老朽化が進んでいた住宅はこの後、大掛かりな解体・復元工事が行われた。千年家のいわれ、現在の姿は新宮町のサイトを見て頂きたいが、修復前の姿とはかなり印象が異なる。見比べると、障子のあった縁側やひさしの瓦屋根がなくなり、土壁部分が増えている。

 工事完了後の2003年3月に刊行された『横大路家住宅修理工事報告書』によると、創建当初の横大路家は(上から見て)L字型の曲り屋ではなく、コの字型の「くど造り」だったとみられる。また、宝暦年間(1751~63年)には藩主を迎えるための「御成間」などが増築されるなど、もっと複雑な構造だったようだ。「御成間」などが撤去され、シンプルな曲り屋形式に建て替えられたのが文化年間(1803~17年)のことで、現在の横大路家はこの頃の姿に復元されているという。

 当主ご夫妻は数年前に相次いで亡くなられたが、生前、冬の寒さの厳しさを語っておられたようだ。19世紀の姿を忠実に再現した分、住み心地に関しては「快適」とまではいかなかったのだろう。

 横大路家は古くから大庄屋の家系だと思っていたが、工事報告書や『新宮町誌』によると、戦国期は武士で、一帯を治めた立花城主・立花(戸次)道雪に仕え、数々の武勲をたてた。しかし、立花氏の柳川移封に従わず、帰農してこの地にとどまったという。先祖が最澄から授けられた「法理の火」を守ることを選んだのだろうか。


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