猿田彦神社

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 福岡市早良区藤崎に猿田彦神社というこぢんまりした社がある。普段は無人で、参拝客もまばらだが、毎年、初庚申の日には縁起物の猿のお面を買い求める人で大にぎわいする。お面を玄関先に掛けておけば「災いが去る」と言われるからだが、この起源には民間信仰などが複雑に絡み合い、「猿=去る」という単純な語呂合わせだけはないようだ。

 猿田彦とは、天孫降臨の際にニニギノミコトの道案内をしたとされる神で、この神話にちなみ古くは道の神、現代では交通安全の神としても信仰されている。また、猿の字が申に通じることから、江戸時代には中国の道教を起源とする庚申信仰とも結び付けられたという。庚申信仰とは、人間の体内に住んでいる三尸(さんし)という虫が60日ごとに回ってくる庚申の日には体内を抜け出し、天帝に宿主について告げ口する。この内容によって人間の寿命が決まる――というものだ。三尸の告げ口を防ぐには庚申の日は徹夜すると良いとされ、昔は「庚申待ち」などと呼ばれる徹夜の懇親会が各地で催されていたという。

 境内に庚申塔が安置されているなど、藤崎の猿田彦神社が庚申信仰と密接に関わっているのは確かだが、では庚申の日に売る猿のお面はどうやって生まれたのだろうか。これに関係するのは「笹野(笹の)才蔵」という別の民間信仰のようだ。笹野才蔵とは、実在した戦国武将・可児吉長の異名だが、「疱瘡神(天然痘の神)」を退治したという伝説があり、江戸時代の博多では疱瘡除けのまじないとして才蔵人形が盛んに作られた。その人形は必ず猿を連れており、これが猿田彦神社と結び付けられ、お面の起源ともなったらしい。

 可児吉長は、柴田勝家や明智光秀、福島政則ら多数の大名に仕えたことで有名だが、福岡・博多に縁のある大名は誰一人いない。その彼がこの地で信仰されたのは、古くから大陸との玄関口だった博多は天然痘をはじめ数々の伝染病が真っ先にもたらされた地でもあり、その恐ろしさが身に染みていたためだろうか。猿田彦神社境内には複数の猿の石像が置かれているが、どれも赤い頭巾をかぶっている。赤は疱瘡神が嫌う色だといい、この神社の歴史を物語っている。

 なお、天然痘の「痘」の字が「盗」と同じ音であることから、猿のお面は次第に泥棒除けのまじないとなっていったという。現代では、むしろこちらの意味合いの方が強そうだが、確かにここまで複雑だと「猿=去る」の語呂合わせで御利益を説明した方がはるかに簡単ではある。来年2013年の初庚申は2月23日の土曜日だ。


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