大崎事件と氷見事件

 1979年に鹿児島県大崎町で起きた大崎事件は冤罪の可能性が高いと思っている。根拠は何もない。あの志布志事件をでっち上げた志布志警察署が手掛けた事件だからだ。志布志事件とは2003年、鹿児島県議選当選者による買収を警察自ら捏造、長期間にわたる暴力的な取り調べ(当選者は恐ろしいことに1年以上も勾留されている!)で自白を強いたという悪質極まる事件だ。21世紀の日本で起きた話とは今でも到底信じられない。この警察署の体質を考えれば、手柄欲しさに事故死を殺人事件に仕立て上げ、無実の人間を犯人にすることなど30年前ならば平気でやりかねなかったと思える。

 その大崎事件の第2次再審請求が先日、鹿児島地裁によってあっさり棄却された。弁護団は検察側の証拠リストの開示や法医学者の尋問を求めていたが、裁判長は一顧だにしなかった。「第1次再審の不当な蒸し返しになる」などともっともらしく理由を並べ立てたようだが、真実を追及すべき裁判所の言い分とは到底思えない。伝わってくるのは「やる気のなさ」だけだ。再審を求め続けている85歳女性には誠にお気の毒なことだが、少々いわく付きの判事が運悪く裁判長になってしまったというほかない。

 実はこの判事、冤罪事件にかかわるのは初めてではない。富山県で2002年に起きた女性連続暴行未遂事件(氷見事件)で、警察・検察による捏造証拠を鵜呑みにし、無実の男性に懲役3年の判決を下した当時の富山地裁高岡支部長こそ、この判事本人なのだ。男性の服役後に真犯人が現れ、冤罪だったことが明らかとなった。厳しい批判はデタラメな捜査を行った警察・検察に集中したが、判事も自分の目が節穴だったことを満天下に暴かれ恥をさらした。

 判事の世界は世間一般よりも上下関係に厳しく、下級裁判所の判事が、先輩であり階級も上の判事が裁いた事件の再審を認めるなど、よほどのケースでない限りあり得ないと言われる。下手に再審を認めると、出世をフイにするという話さえある(徳島ラジオ商殺しで再審を認めた秋山賢三・元判事が証言している)。こういった現実や当の裁判長自身の経歴を踏まえれば、鹿児島地裁が大崎事件の再審請求で審理を尽くすなど、最初から期待できなかったという気がする。

 日本の刑事裁判の有罪率は99%を超えるらしい。私や皆さん方が起訴されれば、ほぼ間違いなく有罪判決が下されるということだ。99%という数字が検察の優秀さを示しているのなら良いが、現実には有罪の証拠を捏造し、無罪の証拠は隠蔽してでも強引に起訴に持ち込む捜査側、そして判決文を書く能力だけに秀でた裁判官によって支えられているのではないかと最近は疑っている。「何を今さら」と言われそうだが。大崎事件、志布志事件、氷見事件についてはウィキペディアページにリンクを貼った。
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