大昔、肥薩線でSLに乗った

DSCF7819.jpg

 私は小学生の頃、蒸気機関車に乗ったことがある。現在では復活したSLがあちこちの鉄路を走っているので、別に自慢できる程の話でもないが、私の子供時代、九州北部でSLが電車やディーゼル車に切り替わってから、かなりの時間が経っていた。少なくとも福岡市ではSL乗車体験のある子供など結構珍しかった。もっと正確に言えば、「蒸気機関車やら乗ったことあるとや~、どこの田舎モンや~」とバカにされる存在だったのだ。(福岡の人間は自分を田舎者だとは決して思っていない)

 ところが、日本で最後に残っていた北海道のSLが引退する時期あたりから人気が沸騰。中学・高校生時代になると、後に“鉄ちゃん”となったであろう級友たちから「本当にSLに乗ったことあると? 良かね~」と逆に羨ましがられることになった。たかが鉄道で移動しただけなのに、軽蔑されたり尊敬されたりと人によって180度評価が変わるのだから、SLの存在感はたいしたものである。

 私が乗った路線は、熊本~鹿児島の山沿いを走る肥薩線だ。沿線にある熊本県の山間部、人吉・球磨地方の町に祖父母が住んでいた(私が育った町でもある)。普段帰省の際は昼間の急行を利用していたのだが、一度だけ博多を深夜に発ち、早朝に目的地に着く夜行列車で帰省したことがあった。

 乗車した途端、グーグー寝入った私は朝起きると、車窓の外を煙が流れているのに気付いた。何事かと思い窓を開けようとすると、周囲の大人たちから「煤が入ってくるからやめろ」と止められた。博多駅で乗車した時は電気機関車に牽引されていたのだが、肥薩線は当時も今も非電化路線。私が寝ている間、熊本駅でSLに交代したというのだ。テーマパークに動態保存されていた車両を除けば、これが私の唯一のSL体験。煙臭かったというだけで特に何の感慨もなく、「何というSLに乗ったと?」と尋ねてくる鉄ちゃん級友には何も答えられなかった。

 祖父母が亡くなり、SLはおろか肥薩線沿線の町とも縁遠くなった。今は九州道を車で走る際に通り過ぎるだけ。温泉、よく遊んでいた城跡や球磨川、青井さんのおくんち、初めて一人で怪獣映画を見に行った駅近くの映画館、焼酎最中、駅弁の栗ご飯……。懐かしいものはいっぱいあるが、祖父母のいない町にわざわざ足を止める程でもない。肥薩線には5年前から「SL人吉」が復活しているが、残念ながら乗ったことも見たこともない。写真のSLは東京・新橋駅前のC11。
関連記事
スポンサーサイト
[Edit]