鈴木泰徳の転落


 先日、福岡空港近くにある大井北公園の前を通った。2004年暮れから05年1月にかけて福岡県内で3人の女性の命が相次いで奪われた「福岡3女性殺害事件」最後の現場だ。ゴミ一つ落ちていないきれいな児童公園で、遊具もそれなりにそろっていたが、人影はなかった。すぐ近くにある別の小さな公園では、対照的に小学生たちの歓声が響いていた。公園横で工事が行われていた影響かもしれないが、地域住民にとって事件の記憶が今も生々しいのではないかとも思った。

 事件の犯人、鈴木泰徳は現在、確定死刑囚として福岡拘置所にいる。金目当てに18歳の専門学校生、62歳のパート従業員、23歳の会社員を冷酷に殺害。しかも会社員女性から奪った携帯電話でアダルトサイト接続を繰り返し、女性の安否を気遣いメールを送ってきた友人たちには「昨日Fちゃんのことを好きで告白したら、俺みたいな男は嫌いだって言われてついかっとなって殺してしまった」などと人を小ばかにした返信さえ送っている。強盗殺人だけなく被害者を冒涜する行為までしながら、鈴木は法廷で「罪を憎んで人を憎まず」とうそぶき、死刑回避を求めた。

 裁判所は反省のそぶりさえ見せなかった鈴木を「公判段階においても(中略)自己中心的かつ身勝手な考え方や行動傾向がさらに根深くなっているというほかなく、被告人の更生可能性については、悲観的に見方にならざるを得ない」(2006年11月13日の福岡地裁判決。裁判所サイトにある判決文にリンクを貼っている)と痛烈に批判している。

 不思議なのはこの男が事件前まで「交通関係の罰金刑以外に前科がなかった」(2008年2月7日の福岡高裁判決。同)ことだ。また、鈴木本人の借金問題により夫婦関係は冷え切っていたとは言え、一応は家庭生活を営んでおり、子煩悩でもあったらしい。

 ネット上には鈴木の生い立ちが不遇だったという情報があるが、私が調べた限りでは、そのような事実はない。自動車整備工場を営む夫婦の長男として生まれ、県立高校から専門学校に進み、自動車整備を学んでいる。後の話だが、鈴木が作った多額の借金をいったんは実父が返済しているぐらいだから、育った家庭は少なくとも経済的には恵まれた部類だと言えるだろう。

 事件の遠因は、福岡地裁・福岡高裁の判決文で理路整然と語られている。要約すれば、嫁姑の対立に悩まされ、そのストレス解消のため酒やパチンコ、出会い系サイトにのめり込み、2度にわたって多額の借金を負ったことだという。妻には愛想を尽かされ、これが直接の引き金になったようだが、この程度のことで凶悪事件を起こしたのでは、嫁姑問題に苛まれる男の大半は犯罪者になることだろう。

 福岡拘置所には現在、鈴木のほかに20人近い確定死刑囚がいる(「福岡拘置所の確定死刑囚一覧」参照)。私の偏見かもしれないが、例えば北九州監禁殺人の松永太、大牟田4人殺害の井上一家らは少なくとも社会に出て以降、“普通の庶民”として生きたことなど恐らくないだろう。一方の鈴木は自己中心的過ぎるとは言え、一時期までは小心者の家庭人でしかなかった(有名人やヤクザに知り合いがいるというのが自慢だったらしい。もちろん、でたらめだろう)。そんな人物が福岡の犯罪史に残る凶悪事件を引き起こした。死刑判決に異論はないが、犯罪抑止のためにも、この男の転落の軌跡は公的機関などにより、もっと研究されても良いと思う。
関連記事
スポンサーサイト
[Edit]