福教組教員の差別

DSCF4878.jpg

 私が小学校3、4年生の時の担任は、えこひいきの激しい中年の女性教諭(以下、Kと表記)だった。当時あった福岡県知事選で、子供にすらわかるほど大っぴらに社会党系の候補を応援していたので、間違いなく福教組(日教組の県組織)の組合員だったと思う。片親の極貧家庭に育った私は、私自身のひねくれた性格もあって徹底的にKに嫌われていたが、私以上に嫌われていた子供が別のクラスにいた。仮にM君としておこう。自分の受け持ちでもないのに、なぜKがM君を毛嫌いしていたのか当時はわからなかった。

 ある時、Kが授業中に突然、「M君の住んでいる○○地区は昔は電気も通っていなかったので“ランプ集落”と呼ばれていたが、大雨の度に水に浸かる所で……」という趣旨のことを言い出した(正確には集落ではなく別の言葉を使ったのだが、あえて言い換えた)。

 どんな状況でこの発言が出たのかは全く覚えていないが、何かのきっかけはあるはずなので、恐らく災害などについての授業だったのだろう。通っていた学校の校区は二つの川に挟まれていた。繰り返すが、小学校3、4年生の頃の出来事である。この発言の裏に、M君、及びM君の住む地域に対する凄まじいばかりの悪意があることに気付くはずもなく、単なる昔話としか受け取っていなかった。

 私は5年生になると別の町に引越し、KともM君とも二度と会うことはなかったが、引越し先が人権問題に敏感な町だった。高学年になったこともあり、この町で色々なことを学び、Kの発言が強い差別意識に根付いたものであったことを理解した。現在ならば、教師として自殺行為に等しい発言だ。人権を標榜している“とある団体”が現在以上に力を持っていた一昔前ならば、比喩ではなく真の意味での「自殺行為」であったろう。

 しかし、一方で新たな疑問も芽生えてきた。福教組と“とある団体”とは表裏一体の関係とも言われるのに、福教組の教員が両団体の理念に反する発言をなぜ平気でしたのだろうか、と。

 社会人になってしばらく後、この疑問を(私なりに)解消する出来事があった。Kが露骨にひいきしていた男子児童は、地元で有名な工場経営者の一人息子だったが、もう一人、成績はそこそこ良いが、目立たない男子(H君としておく)がお気に入りだった。これはちょっと不思議だった。ある日、新聞を読んでいてH君が保守系の地方議員になっていることを知ったのである。「あの控えめなH君が議員に!」と驚いて調べると、世襲議員であった。H君の父親は工場経営者どころではない町の有力者だったのだ。強きにおもねり、弱者は蔑む。Kとは要するにそんな人物でしかなく、理念やイデオロギーよりも単純な価値観を優先させていたに過ぎなかったのである。

 私が出会った中で、Kは極端な例ではあるが、程度の差こそあれ児童生徒に対する好き嫌いが激しい教師は少なくなかった。福教組が団体としていくら“きれいごと”(もはや世迷いごとのレベルだが)を並べ立てようと、個々の教員など差別意識にまみれた者ばかりなのだろう。

 両親はちゃんとそろっているが、やはり決して豊かではない家庭に育った私の家族は、私以上に教員から無視された環境で学校生活を送ったらしく、「公立小中学校の教員などひいきばかりで、信用できる人間は一人としていなかった」とまで断言する。貧しい家庭の子供は学校現場でも教員からスポイルされる。これも今問題になっている「貧困の連鎖」の大きな原因の一つなのだろう。私たちと同様、経済的に厳しい環境で育ったのならば、うなずいてくれる方も多いに違いない。

 写真は福教組の入居する福岡県教育会館。この建物がドンと居座っているために一帯の区画整理が中途半端で終わっているような気がするのだが…。あるいは官公労の既得権みたいなものなのだろうか。
関連記事
スポンサーサイト
[Edit]

コメント

非公開コメント

トラックバック

福教組教員の差別

 私が小学校3、4年生の時の担任は、えこひいきの激しい中年の女性教師(以下、Kと表記)だった。当時あった福岡県知事選で、子供にすらわかるほど大っぴらに社会党系の候補を応援し...