倉吉政隆・短銃強盗団


 福岡拘置所(写真)の確定死刑囚の中に、倉吉政隆という人物がいる。2人の男女を殺害し、貴金属などを奪ったとして死刑判決が下され、2004年に刑が確定している。現在、61歳。死刑を言い渡されたぐらいだから凶悪犯であるのは間違いない。だが、不適当な表現かもしれないが、社会を震撼させた犯罪者が居並ぶ同拘置所の死刑囚の中では、比較的地味な犯罪者というイメージを持っていた。

 最近、図らずも死刑囚の交流誌『希望』(「服部純也の投稿」参照)に投稿された彼の文章を読む機会があり、興味を覚えたため、彼とその仲間が犯した犯罪を改めて調べてみた。かなり驚いた。男女強殺を含め、1年足らずの間に福岡県内で6件もの短銃強盗事件を起こし、追跡していたパトカーの警官を射殺しようとさえしている。破滅的なぐらいの荒っぽい手口は、我が物顔で日本を荒らしまわっている中国系の犯罪者集団のようである。亡くなった犠牲者は2人だが、逮捕が遅れれば、その数は膨れ上がっていたに違いない。

 倉吉一味が犯行を繰り返していたのは1995年3月から96年1月にかけてだ。95年と言えば、1月に阪神大震災、3月に地下鉄サリン事件が起きた年。また、7月には未だ解決していない八王寺のスーパー3人射殺事件も起きている。いずれも日本の災害史、犯罪史に残る出来事だ。当時私は首都圏に住んでいたこともあって、九州の片隅で起きた事件には目が行き届かず、勝手に地味なイメージを形作ってしまったのだろう。一味が起こした事件を時系列で挙げると以下のようになる。

  • 1995年3月2日未明、福岡県筑後市内のパチンコ店駐車場で従業員を短銃で脅し、工具入りのアタッシェケースを強奪。中身を現金と勘違いしての犯行。

  • 4月18日夜、倉吉の経営するバーの常連客だった会社役員から貴金属を奪おうと短銃で殺害。バーの従業員で、会社役員と交際していたフィリピン人女性も殺害し、阿蘇の牧草地に埋めた。

  • 4月21日夜、大牟田市内のパチンコ店を襲い、610万円を強奪。

  • 6月20日夜、福岡市博多区中洲のカジノバーを襲い、客から現金120万円を強奪。

  • 8月22日夜、北九州市八幡西区で追跡中のパトカーに発砲。パトカーが追跡していたのは速度違反のため。倉吉らは盗難車で強盗に向かう途中だった。

  • 12月24日未明、筑後市内のパチンコ店を襲い、1600万円を強奪。

  • 1996年1月22日夜、筑後市内のパチンコ店を襲い、現金を奪おうとしたが、抵抗されたため短銃を乱射して逃走。従業員5人が重軽傷。

 パチンコ店を集中的に狙っているが、これは「パチンコ店には夜でも多額の現金がある」という理由だったようだ。倉吉は当時、福岡県八女市内でバーを経営していたが、経営不振に加え、ギャンブル好きだったため多額の借金を抱えていた。返済金を工面するため、実弟の暴力団員や知り合いの大工を誘い強盗を繰り返したという。上記の事件の中で最も大きく報道されたのは、実は5人が重軽傷を負った最後の事件とパトカー発砲事件で、これらの事件で逮捕後、大工の自供で男女強殺が明るみに出た。

 強殺の実行犯は大工で、裁判で彼は「倉吉に命じられてやった」と主張。一方の倉吉は「大工が欲にかられ、勝手にやった」と反論し、二人の言い分が対立したが、裁判所は倉吉を主犯と認定し、彼に死刑、大工には無期懲役を言い渡した。倉吉は『希望』への投稿文の中で、2008年に独力で再審請求を行い、3年半後に棄却されたものの即時抗告したことを明らかにしている。恐らく再審請求でも裁判での主張を繰り返しているのだろう。

 投稿には、再審請求に際して日弁連に支援を要請したが、「再審要件には当たらない」と相手にされなかったとも記している。死刑廃止を訴えている日弁連だが、死刑囚のすべてに手を差し伸べる考えはないようだ。
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