旧唐津銀行本店

旧聞に属する話2010-辰野金吾

旧聞に属する話2010-旧唐津銀

 辰野金吾監修の旧唐津銀行本店の保存整備が終わったというニュースを先ごろネットで見かけた。辰野金吾とは、言うまでもなく東京駅などを設計した明治・大正期の大建築家で、この旧唐津銀がある佐賀県唐津市の生まれ。以前に唐津を訪ねた際、小さいながらも重厚な洋館を目にし、印象に残っていた。なるほどあの建物がそうだったのかと納得し、外観を見学してきた(来年3月までは内部に入れない)。

 佐賀県のホームページや報道等によると、旧唐津銀の完成は1912年(明治45年)で、設計者は、辰野の弟子に当たる田中実。弟子とは言え、一人前の設計者がいるのに「監修」とはおかしな気がするが、もともと唐津銀の頭取は藩校の同窓だった辰野に設計を依頼しており、多忙な辰野が田中を紹介したと聞く。頭取の顔を立てての監修なのだろう。この建物の設計に、辰野が実際どの程度かかわったかは定かでないようだが、外観が「辰野式」なのは確からしい。地元にも(あるいは地元だからこそ)辰野設計との誤解があったという。

 田中の設計した建物は、福岡県内にも一つ残っている。旧唐津銀と同じく1912年完成の旧大同生命福岡支店ビルだ。もとは福岡市の西中洲にあったのだが、支店建て替えに際して八女市のグリーンピア八女に移築された。現在は「明治の館」と名を変え、展示施設などとして活用されており、市の文化財にも指定されている。素人なので確かなことは言えないが、この建物も「辰野式」に見える気がする(建物の外観は施設のホームページ参照)。

 グリーンピアとはもちろん、あの悪名高き厚労省所管の特殊法人「年金資金運用基金」が年金財源を食いつぶして建設した保養施設で、グリーンピア八女の建設にも122億円もの巨費が投じられたという。大同生命福岡支店ビルの移築にも多額の金が使われたことだろう。グリーンピア八女は、存続させるために地元自治体が買い取り、現在も運営しているが、買取額は建設費の数十分の一の2億数千万円だった。

 建物が移築されなければ、取り壊されていたのは間違いない。貴重な文化財が残されたのは喜ぶべきことだが、そのために我々の年金になるはずだった金が消え去ったかと思うと、かなり複雑ではある。


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