『君こそライオンズ』も復活を

旧聞に属する話2010-太平洋クラブ

 まさか太平洋クラブライオンズのユニホームをもう一度見ることができるとは思わなかった。西武ライオンズも粋なことをしてくれたものだ。彼らが今年の「ライオンズ・クラシック2010」で身にまとっているユニホームは、太平洋クラブライオンズ時代(1973~76年シーズン)のデザインを復刻したものだ(写真は、テレビのスポーツニュースを撮影)。

 福岡をフランチャイズにしていた頃のライオンズについては、栄光も汚点も西鉄時代しか語られることはないが、西鉄が球団を手放して以降も、ライオンズは太平洋クラブ、クラウンライターと「冠」を変え、福岡で苦闘を続けていた。西鉄黄金期を実体験できなかった当方のような世代にとっては、ライオンズと言えば、むしろ福岡苦闘時代の印象が強い。それだけに、赤と白の派手なツートンカラーのユニホーム復活には、鼻の奥がツーンとなるぐらいの感慨がある。

 ライオンズから徹底的に「福岡色」「西鉄色」を排除することにこだわった堤義明氏が表舞台から去って以降、西武は福岡時代の歴史も正当に評価してくれるようになった。ライオンズ・クラシックの開催もその一環であり、
公式ホームページによると、「ライオンズは栄光の歴史だけを刻んできたわけではない。光の裏には、同じ数だけ影がある」として太平洋時代を取り上げたという。非常にうれしいし、有難いことだが、「影」という評価に対しては、福岡で同時代を過ごしていた者として少し指摘しておきたい。

 西鉄の黄金期やそれを超える西武の栄光を思えば、確かに太平洋、クラウンライター時代は歴史の暗部だろう。だが、黒い霧事件で西鉄がボロボロになった後、派手なユニホームで再出発したライオンズに、多くの市民が再生の期待をかけていたのもまた確かだ。江藤慎一、土井正博、白仁天、ビュフォード、アルー、竹之内雅史、基満男ら強打の「どんたく打線」で久々にAクラス入りを果たした時は、黄金期の再来を夢見たほどだ。「どんたく打線」も結局は、あだ花だったが…。

 せっかく太平洋クラブ時代にスポットを当てるのであれば、ぜひ西武にお願いしたいことがある。あの時代に西郷輝彦さんが歌った応援歌『君こそライオンズ』も何とか復刻し、ヤフードームのホークス戦の際に流してもらえないだろうか。今となってはあか抜けない歌詞・メロディーだが、当時のライオンズの雰囲気にはぴったりの勇壮な曲だった。
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