2013無期懲役の状況


 法務省が2008年頃から毎年公表している「無期刑の執行状況及び無期受刑者に係わる仮釈放の運用状況について」が2012年末現在の数字に更新されている。改めて数字を見てみると、興味深い点がいくつかあったので、内容の一部を紹介してみたい。

 昨年末の無期懲役囚は戦後最高を更新する1826人。昨年1年間で8人が仮釈放されたが、これを上回る14人が獄死している。8人のうち、6人が初めて仮釈放を許された者たちで、彼らの平均服役期間は31年8月。35年を超えていた過去2年間に比べれば、やや短くはなったが、刑確定が30歳の場合、運が良くても還暦過ぎまでは社会に戻ってこれないことになる。50~60歳ならば、一生刑務所暮らしだろう。(服役期間の推移はグラフ参照。縦軸の単位は年。例えば20年10月は20.8年と表記している)

 仮釈放を認めるか否かは、全国8か所に置かれた地方更生保護委員会によって審理されているという。下表は、法務省発表資料(過去分を含む)をもとに1998年以降15年間の審理結果をまとめてみたものだが、2009年以降、状況が劇的に変化していることがわかる。対象者は大幅に増えているのに、仮釈放が許された者は年間数人程度。対象者の過半数、03年に至っては90%以上が仮釈放を許可されていた08年以前とは異なり、許可される確率が極端に落ちているのだ。


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(※仮釈放を許可された者と実際に仮釈放された者の年ごとの数は異なる。許可された翌年に仮釈放されるなどの例があるためと思われる)

 この理由は、仮釈放運用の透明性を確保するため法務省が2009年4月、新たな制度を導入したためだという。服役30年以上の者は原則、審理の対象とし、その結果を公表するというもので、30年の基準は有期刑の上限に基づき設けられた。法務省発表資料によると、これ以前は、刑務所長が個別の無期囚ごとに「それぞれの具体的事情を検討した上で」地方更生保護委員会に審理を申し出ていたという。

 つまり仮釈放の候補となるかどうかは刑務所長の胸三寸だったわけで、この頃は恐らく、審理対象に選ばれること自体が超狭き門だったのだろう。2009年を境に対象者は一気に増え、10年に至っては実に69人に上っている。言葉は悪いが、まるで棚卸のようだ。この中には「服役60年超の無期囚」をはじめ、40年以上刑務所暮らしだった17人が含まれていたが、仮釈放が許されたのはこのうちの1人、全体でも7人に過ぎなかった。恐らく長期服役者の多くは精神を病み、仮釈放出来る状況にはないのだろう。

 対象者のうち、仮釈放が許可された者の割合は98~08年が65%、09年以降が17%弱。ただ、仮釈放が許可された者の1年当たりの数で見ると、08年以前が7.1人だったの対し、09年以降は5.8人。減っているのは確かだが、仮釈放に至る門がそれほど極端に狭まっているわけでもない。繰り返しになるが、08年以前は審理の対象になる段階でふるい分けられ、09年以降は審理で厳しく選別されているという違いだろう。

 ただ、05年1月施行の刑法改正で有期刑の上限が20年から30年に引き上げられ、これが仮釈放審理対象者の基準となったことで、服役期間が30年に満たない者が仮釈放される可能性はほぼゼロになった。仮釈放者の平均服役期間は98年は20年10月だったが、09年以降は一貫して30年を超えている。

 刑法改正前の98~04年には服役20年未満で仮釈放を許可された者が計10人おり、最も短かった者はわずか13年1月に過ぎなかった(下表参照)。01年に許可された当時50歳代の強盗殺人犯だ。被害者は1人。服役期間を考えると、1988年に刑が確定した計算になる。ひょっとしたら“勇気ある大学生事件”だろうか。

 無期懲役に関し、「10年ちょっとで戻ってこられる」という誤った認識を持っている人を現在でもたまに見掛ける。比較的最近にも日曜朝の情報番組に出ている太ったコメンテーターが自信満々で発言しているのを聞いた。非常に稀な例とは言え、10年程前までは事実だったのである。

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 <勇気ある大学生事件>大田区で1985年12月、スーパー強盗犯を捕らえようとした明治大学1年生が強盗に包丁で刺殺された事件。強盗は運送会社作業員のY・Kで、88年4月、無期懲役が確定した。確定当時の年齢は37歳。

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