南溟の果てに

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 小学3、4年生の頃、熊本の田舎町から大阪に就職していく叔父に「荷物になるし、もう読まないから」と大きな段ボール1箱分の古本をもらったことがある。その中に太平洋戦争関連の本がかなり含まれていた。私が戦闘機好きで米軍板付基地にもよく通っていると聞き、特に選んで送ってくれたようだ。小学生には難しい本が多く、中でも特攻隊のドキュメント本は難解だったが、あとがき(だったと思う)に記されていたエピソードが妙に印象に残った。

 もらった本の多くは学生時代、食べるのに困って古本屋に売り払ってしまった。特攻隊のドキュメント本も今は手元にない。だから、あやふやな紹介しかできないが、ソ連の事実上の支配下にあった東欧のある国の青年が、日本の特攻隊に対して抱いた思いが紹介されていた。この青年は最初、自らの生命を犠牲にして攻撃することに大変な疑問を感じていた。しかし、ソ連軍の侵攻にさらされた祖国を守るため、圧倒的優勢なソ連軍に立ち向かった時、特攻で散っていった日本の若者たちの苦しい心情を初めて理解できたという。

 ドキュメントの書名はある程度覚えていたので、正確な書名、著者等は調べがついた。『南溟の果てに―神風特別攻撃隊かく戦えり』(安延多計夫、自由アジア社、1960)。発行年を考えれば、私が漠然としか覚えていなかった東欧の国とは、1956年にソ連の圧制に対して国民が蜂起したハンガリーだろう(ハンガリー動乱、あるいはハンガリー革命)。

 10年程前、鹿児島県知覧町(現在は南九州市)の知覧特攻平和会館に行き、特攻隊員が残した数多くの手紙を読み、彼らが出撃の日まで過ごした三角兵舎を見てきた。戦闘機のパイロットが大変なエリートであることは理解していたつもりだったが、どの手紙も格調高い文章が美しい文字で綴られていることに大きな衝撃を受けた。これは戦争で亡くなられた方すべてに言えることだが、この方々が生き延びていれば、我が国にとって、そしてそれぞれの家族にとって、いったいどれほどの力になっただろうかと歯がゆく思ったものだ。

 これらの手紙をはじめとする特攻隊員の遺品を今月4日、南九州市がユネスコ世界遺産へ登録申請した。例によって隣の面倒な国が「侵略の美化」などと騒いでいるようだが、南九州市が世界に伝えたいのは、特攻という理不尽な戦術で命を捨てねばならなかった若者たちの悲痛な思いだろう。

 この機会に『南溟の果てに』をもう一度読み返してみたいと思ったが、残念なことに福岡県内の公立図書館はどこも所蔵していないようである。今だから言えることだが、いくら空腹でも本をパンに換えてはいけないと思う。

 <追記>コメントをいただいた方の助言に従い、Amazonで『南溟の果てに』を購入した。数十年ぶりに読み返しているところだが、上記で紹介した個所にかなり不正確な部分があったので訂正させていただきたい。ハンガリー国民の特攻隊に関する感想が書かれていたのは「あとがき」ではなく「まえがき」であった。以下に該当個所を引用する。

 <ソ聯の圧迫に耐えかねたハンガリー市民は十二歳の少女まで、銃を取って強暴なソ聯兵と戦った。そうして今になって、はじめて日本の神風特別攻撃隊員の気持が解ったと言っている>


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コメント

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本とパン

続けて私事にわたる思い出を記して申し訳ございません。
本をパンにかえた話を読み、父の事を思い出しました。
父は南瞑の地にあった高校の二年生の時(昭和18年)、
(同期より齢を食っていたため)学徒動員にかかった父は
アルバイトや奨学金の中から無理して買い集めた本を
後輩の申し出に従い150円で譲り渡し、
南薩一周の旅に出たそうです。
幸い中国東北部で終戦を迎えた父は翌昭和21年5月に
日本へ帰還し、結婚し私たち兄妹を得ることが出来ました。
しかしながら生きていくためには一度手放した本を
再度手に入れる事はむつかしかったようで、
国語辞典=を再入手したのはやっと昭和31年になってからの事でした。
子育てが終わり余裕のできた父はその後、沢山の本を買っておりましたが、
きっとそれは一度手放した魂を再び集める作業だったのかもしれません。
蛇足かつ僭越ですが、
古書もAMAZONで入手できることを知り、最近もっぱら利用しております。
叔父様が残された本もリーゾナブルな価格で入手出来るようですので一度試されてはいかがですか?

Re: 本とパン

ジイジ様、興味深いお話をありがとうございます。
御助言に従い、『南溟の果てに』をアマゾンにて注文いたしました。
ネットショッピングは様々利用しておりましたが、書籍に関しては手に取って選びたい気持ちもありましたので、使っていませんでした。
しかし、神保町や早稲田などに古書店街が残る東京とは違い、福岡ではブックオフ以外の古書店は消えつつあり、確かに今後はネットを使う以外に道はなさそうです。
地元では結構知られた古書店だった葦書房も今年末限りで閉店するという話が伝わってきています。

古書店

(古書店の方の)葦書房が閉店とのニュース、また一つ福岡から灯が消えていくのかとの感慨を覚えました。
そういえば(出版社の方の)葦書房の方も法人は残っているようですが寂しい限りですね。
手許に父の遺した葦書房図書目録(1992年版)があります。
同社出版の山本作兵衛の本など、もう古書としてしか入手できませんね。
我が街も数年前までは数件の古書店がありましたが、今はブックオフ(古書店ではなく本のリサイクルショップ?)だけになってしましました。
古書の入手は通販でできますが、年に数回メトロに乗って高田馬場で下車し早稲田まで徒歩で【本との出会い】に出かけます。

Re: 古書店

ジイジ様、いつもコメントいただき、ありがとうございます。
福岡を離れていらっしゃるのに、こちらの事情に大変詳しいことに驚きます。
確かにIK市からは早稲田、高田馬場まで東西線で一本ですね。私も良く利用していました。
福岡生活に満足はしていますが、首都圏の文化環境がやはり羨ましくもあります。