修学旅行土産の酒

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 今年の夏、高校の修学旅行以来、数十年ぶりに岐阜県高山市に行ってきた。修学旅行の際は仲の良かった数人と高山の街を巡ったのだが、剣道部のS君がわざわざ旅先でナンパをしていたのが印象深かったぐらいで、街自体の記憶はなかった。この夏の旅行から帰宅後、撮影してきた写真を修学旅行の写真と見比べたら、巡った場所はほとんど同じだったことがわかり、ようやく少しずつ思い出がよみがえってきた。

 そう言えば、高山の古い街並みで買った土産は、親からのリクエストに応え地酒だった。今ではあり得ない話だと思うが、当時は小学生が親の使いで当たり前に酒を買っていた。学生服姿の高校生がレジに酒を持ち込んでも、店の人から「お父さんへの土産かい。親孝行だね~」と褒められるぐらいだったのだ。コンビニで酒を買えば、私のような中年男でさえ年齢認証を求められる現代からすると、良く言えば、おおらかな時代だった。

 通っていたのは比較的厳しい学校だったが、意外に生徒を信用していたのか、男女を問わずかなりの数の生徒が酒を買い込んでいたのに、その後の検査など一切なかった。旅行中に酒瓶のふたがなぜか開いてしまった男子生徒が少なからずいたし、そもそも土産になるとは到底思えないサントリーレッドのポケット瓶を買った者さえいたのだが…。

 私は帰宅して中身が少し減った地酒を親に渡したところ、ずいぶんと怒られた。ただし、その理由は「小遣いとは別に酒代をしっかり渡しているのだから、最初からもう一本買ってこい」というとんでもないものだった。

 私の修学旅行の思い出はこの程度のかわいいものだが、私より年上のいわゆる団塊の世代あたりになると、笑い話では済まなくなる。1970年代前半頃までの京都の繁華街は、夜になると修学旅行でやって来た高校生であふれ、無法地帯と化していたとか。彼らは当たり前にスナックで酒を飲み、挙げ句の果てに乱闘騒ぎを起こしていたというから無茶苦茶な話だ。

 この手の高校は、我が福岡をはじめ北海道や東北など遠来組が多かったという。某球技で共に有名な地元・京都の高校と東北の高校とが激突したこともあったといい、まるで“夜の熱闘甲○園”である。こういうのは「おおらか」とは言わない。
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