岩窟弁財天で埋め立てを思う

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 福岡市西区、愛宕小学校裏の住宅街に「岩窟弁財天」という小さな神社がある。御神体の女神(弁財天)像は愛宕山(鷲尾山)麓の洞窟に祀られており、海の安全の守り神として古くから地域の尊崇を集めてきたという。現在は入り口付近がコンクリートで固められているため人工の構造物に見えるが、自然の洞窟で、江戸時代に貝原益軒が著した地誌『筑前國続風土記』にも登場している。

 <鷲尾山の北の麓なる海辺に岩窟有。蓋天工の成せる所にして、人力の開く所には非ず。其入七尺五寸許、横五尺余、高五尺余、口の広さ中間は小に低く俯して入。奥の間高さ六尺許に、内に石厨有り。弁才天の石像を安置す。>

 江戸時代は弁財天のある辺り、つまり愛宕山のすぐ下は博多湾だったことがこの一文でわかる。洞窟も恐らく、波の浸食によって出来た海蝕洞だったのだろう。現在の海岸線は、直線距離で1㌔以上先。2枚目の写真は愛宕山山頂にある愛宕神社境内から麓に広がる風景を撮影したものだが、この弁財天がある地域の先には姪浜炭鉱跡地に出来た豊浜団地の戸建て住宅街、続いて海に面してマリナタウンのマンション街が広がっている。いずれも博多湾を埋め立てて造られた新たな土地だ。

 福岡市の公式サイトにある情報によると、明治時代以降に博多湾埋め立てによって生まれた土地は約1,813㌶。これに加えて江戸時代までに900㌶の埋め立てが行われたと推定されており、埋め立て地の総計は2,713㌶に上る。月並みな例えをすると、ヤフオクドーム(建築面積は約7㌶)387個分。福岡市の総面積(341㎢)に占める割合は約8%だという。

 かつては“海に背を向けている”と評され、ウォーターフロント開発には無頓着だったと言われる福岡市だが、この流れを変えたのは恐らく3代前の市長の桑原敬一氏(市長在任期間は1992~2004)だろう。桑原氏が在任中に手がけた大規模な博多湾埋め立ては、シーサイドももち(138㌶)、西福岡マリナタウン(74㌶)、香椎パークポート(136㌶)、人工島(400㌶)と計約750㌶にも上る。つまり明治以降の埋め立て地のうち、実に4割以上が桑原市政12年間の遺産だ。

 人工島事業の苦戦が災いし、桑原氏の都市経営策は失敗だったという印象が私には強いが、彼が創り出した土地を改めて見ると、近年の福岡発展を担った地や将来担うであろう地が並んでいる。後世には“名市長”と称えられている可能性もゼロではないと思った。
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