博多ポートタワー50周年

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 福岡市博多区築港本町の博多ポートタワーが10月で開業50周年を迎えるという。「質実剛健な博多ポートタワー」の中で書いたが、1964年の完成当時は「博多パラダイス」というレジャーランドの目玉施設だった。パラダイス、つまり天国。博多天国。この素晴らしいネーミングから、いったいどんな企業が経営していたのだろうかと以前から気になっていたので、50周年を機会に少し調べてみた。

 博多パラダイスの建設・運営主体はニュー九州パノラマ。パラダイス開業を予告する64年10月8日の読売新聞には、ニュー九州パノラマについて、福岡市にレクリエーション施設を建設するため63年春に設立された会社だとある。設立発起人は石橋幹一郎・ブリヂストンタイヤ社長ら地元財界人22人で、名前は胡散臭いが、意外に氏素性のしっかりした企業だった。資本金は1億5000万円とあり、当時としてはかなり巨額の金を集めたようだ。現在、唯一残る博多ポートタワーを見てもビッグプロジェクトだったことがわかる。

 社長は藤川一秋氏。鉄鋼メーカー・トピー工業の初代社長で、後に参院議員(愛知県選挙区、自民党)を1期務めた人物と同姓同名だ。恐らく同一人物ではないかと思うが、パラダイスが開業した64年とは、4社合併によりトピー工業が誕生した年でもある。そんな多忙を極める時期によく九州の新興企業の経営トップを引き受けたなと思うが、名前を貸しただけだったのか。それとも同姓同名の別人だったのだろうか。

 博多パラダイスの施設などについて色々と昔話ができると良いのだが、残念ながら私が育ったのは家族そろってレジャーに行くような家庭ではなかった。そこで先の読売新聞から、施設の中身を紹介すると、目玉施設のタワーは高さ103㍍(現在は100㍍と表記)で、大阪通天閣と同じ。当時は東京タワー、名古屋テレビ塔に次ぐ高さだった。隣接する鉄筋3階建ての本館には、パノラマ大浴場、250畳敷きの演芸場、大食堂、ホテルを完備。屋外施設としてはゴーカート場やプールなどがあったという。

 鳴り物入りで開業した施設であり、当時の福岡の子供たちにとっては憧れではあったものの、意外なことに採算が取れるだけの入場者数はなかったようだ。開業から6年後の1970年にはニュー九州パノラマはあっさり経営から手を引き(倒産?)、経営主体が変わっている。その後、博多プレイランドと名を変えて数年は営業を続けたものの、結局盛り返すことは出来ず、タワーは76年に市に譲渡されている。

 早良区百道浜に市総合図書館が開館する前は、旧パラダイス本館が一時、市民図書館として利用されていた。私にとってはこの時代の印象の方が強い。レジャー施設を転用したのだから、閲覧室の配置などはまともであるはずがなく、薄暗い迷路のような妙な建物だった。政令市があんな変な図書館を持っていたのだから、今となっては驚きだ。当時の福岡市文化行政のレベルを物語る話だとは思うが、私自身は、あの変な図書館があれはあれで懐かしい。

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