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# 旧高宮貝島邸

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 NHKの朝ドラ『花子とアン』人気で、福岡県飯塚市にある旧伊藤伝右衛門邸の入館者が急増しているという。伊藤伝右衛門は『花子とアン』登場人物のモデルとなった筑豊の炭鉱王の一人。この伝右衛門邸人気にあおられたのか、先頃開かれた福岡市議会の9月定例会一般質問では、市議の一人が「福岡市の炭鉱王の邸宅整備はどうなっているのか」と市側を問い質していた。

 福岡市の炭鉱王邸宅とは、南区高宮に残る旧高宮貝島邸。正確には炭鉱王本人の邸宅ではなく、炭鉱王・貝島太助を支えた全盲の弟、貝島嘉蔵の旧宅だ。約1.8㌶の広大な敷地は鬱蒼とした森で、2枚の写真でもわかるように山同然だ。これでも西鉄高宮駅から徒歩数分の住宅街のど真ん中にある。

 この敷地の中には1915年(大正4年)に直方市に建てられ、1927年(昭和2年)に移築されてきた住居や茶室、衣装蔵の3棟(計約600平方㍍)が現存するらしい。現在は立ち入り禁止で、残念ながら目にすることはできないが、グーグルアースで見たところ、なるほど立派そうな建物が残っているのを確認できた(グーグルアースで高宮南緑地となっているのが旧高宮貝島邸の敷地)。

 私は以前、南区内の比較的近隣に住んでいたことがあり、貝島邸の存在は知っていたが、ここを福岡市が取得したことまでは市議会会議録で9月議会のやり取りを読むまで知らなかった。土地は1992年度から約20年がかりで買い取り、建物については貝島家から寄贈を受けたという。福岡市はここを歴史と自然にあふれた公園として整備し、一般開放する方針だというが、一向にその気配がない。9月議会で質問に立った議員は進捗状況を尋ねたかったわけで、市側の答弁は「財政難の中、用地取得が長期化し、取り掛かりが遅れている」というものだった。

 福岡市としては建物を改修するとともに敷地を庭園として整備し、観光資源として活用したい考えのようで、民間活力導入も検討しているという。しかし、現在のところは計画案さえ固まっていない段階だと思われる。我々市民が炭鉱王(の弟)の邸宅を目にできるのは、このままでは相当先のことになるだろう。宝の持ち腐れ状態がさらに続くことになるが、恐らく近隣住民以外の市民はこんな宝があることさえ知らないのではないだろうか。例え整備されていないにしても、年に何度か開放して存在を広く知らしめてはどうだろう。

 この邸宅を残した貝島家は、貝島炭砿の経営で財をなし、安川、麻生家とともに“筑豊の御三家”とも称された。現在の宮若市にあった貝島炭砿は筑豊では珍しい露天掘りの炭鉱で、これはコストを抑えるためだったという。それが功を奏したのかエネルギー革命の大波の中で、貝島炭砿は筑豊大手炭鉱の中では最後まで生き延び、閉山は1976年8月だった。しかし、閉山を報じた当時の新聞記事を読むと、最後まであがいた分、多額の負債を抱え事実上倒産状態での閉山となり、地元では「鉱害だけが残った」と冷やかに受け止められたという。

 御三家のうち、安川家が興した安川電機は今も日本の産業界で重きをなし、麻生家も経営多角化によって福岡の名家として残り、平成になって総理さえ輩出した。閉山の経緯もあってか、両家に比べれば、貝島家の名は地元福岡県でも残っていない気がする。


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管理人:駄田泉
福岡の中小企業に勤める定年間近の中年オヤジです。物忘れが激しくなったため、ボケ防止のためにブログを書いています。主に福岡の情報を紹介していますが、タイトル通り、新しい話は何もありません。Twitterではたまに、胡散くさい情報を発信。