旧伊藤伝右衛門邸

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 飯塚市幸袋の旧伊藤伝右衛門邸に11日行ってきた。“筑豊の炭鉱王”と呼ばれた伝右衛門が1897年(明治30年)頃に建造した豪邸で、飯塚市が日鉄鉱業から買い取り、2007年から一般公開している。

 入場者数は最近、じり貧気味だったというが、昨年放送されたNHKの朝ドラ『花子とアン』に、伝右衛門やその妻だった柳原白蓮をモデルとした人物が登場したことで、一気に人気がヒートアップ。昨年は、前年の5倍近い24万人が押し寄せ、過去最高だったという。11日も旧伝右衛門邸を主会場に「いいづか雛のまつり」が開催中だったこともあり、大変な人出だった。

 旧伝右衛門邸は、所有していた日鉄鉱業が「飯塚市が有償で購入しなければ、解体する」と言い出し、一時は存続の危機に陥っていたが、保存を求める市民の声に押された市が2005年、1億5,000万円で敷地を買い取った経緯がある(建物は無償譲渡)。1億5,000万円とは大変な金額だが、日鉄鉱業側の言い値は当初4億5,000万円だったとも言われており、これでも3分の1に値切ったことになる。

 そうは言っても財政難の飯塚市にとっては大変な出費であり、さらには管理運営経費も多大とあり、先行きが心配されていた。1年目こそ23万人を超える入場者を集めたものの、一昨年は5万人まで激減。懸念が的中したとも思われたが、『花子とアン』が予想外の追い風となった。貴重な歴史遺産を無理してでも買い取り、保存を図ったことに対するご褒美なのだろう。

 昨年は大河ドラマも福岡と縁が深い『軍師官兵衛』が放送され、福岡市はこれに乗じて観光客を呼び込もうと躍起だったが、本当に美味しい思いをしたのは『花子とアン』の飯塚市だったのではないかと密かに思っている。


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 旧伝右衛門邸は入り母屋造り一部2階建てで、広さは約1,000平方㍍。1911年(明治44年)に伝右衛門が白蓮と結婚した際に大改築され、九州初の水洗トイレなども設置された。向かって左側の2階部分が白蓮の居室。


 玄関を入ってすぐ左側にある応接室。ステンドグラスやマントルピースが備えられ、炭鉱王の豪奢な暮らしぶりが想像される。

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 飯塚市内では3月30日まで、18会場に約1万体の雛飾りを展示する「いいづか雛のまつり」を開催中。その目玉が旧伝右衛門邸大広間の座敷雛で、約20畳分のスペースに500体が飾られ、「京の雅な世界での花見」を表現している。会場にあった説明板によると、愛媛県八幡浜発祥の座敷雛を筑豊に働きに来ていた炭鉱労働者が伝え、これが旧伝右衛門邸には形を変えて残ったという。

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 大広間から伸びる長い廊下。突き当たりの左側に階段があり、白蓮の居室に通じている。右側には白蓮専用の衣装蔵があり、壁は驚くほど分厚いものだった。現代風に言えば、防火建築の巨大なウォークインクローゼットといったところ。現在は展示室として利用されている。

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 白蓮の居室から見た庭園。旧伝右衛門邸の敷地は7,500平方㍍で、広大な庭園は国の名勝にも指定されている。

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 浴室・脱衣場の鏡。純和風の建物ながら、調度類の多くは洋風だった。

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 旧伝右衛門邸の正門。現在の福岡市中央区天神2の昭和通り沿いにあった伊藤家の別邸、通称「銅(あかがね)御殿」の門を移築したもの。銅御殿は白蓮のために伝右衛門が増築したものだが、完成前に離婚騒動が起き、白蓮が暮らしたことはなかったという。別邸は1927年(昭和2年)に漏電による火災で焼失、この門だけが難を免れ、往時の豪壮さを伝えている。
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