鴻臚館発掘一段落?


 福岡市中央区の平和台球場跡で1988年以来、延々と続いていた鴻臚館跡の発掘調査が一段落し、穴だらけだった調査地点が埋め戻されている。四半世紀にも及んだ大調査もこれで終了かと思ったが、市の計画表を確かめると、7期に分けて行われる調査のうち、ようやく5期が終わっただけだった。今後は舞鶴球技場、続いて移転する福岡地裁・高裁跡地の順で調査が進められる予定で、すべてが終わるのはなんと2027年度。まだ13年も先のことだ。

 鴻臚館とは平安時代初期、外国からの賓客を接待するために設けられた“古代の迎賓館”。平安京、難波にも置かれたと伝えられるが、現在までに遺構が確認されているのは、この平和台球場跡地だけだ。だから球場外野スタンド改修工事の際、礎石などの遺構が確認され、続いて唐三彩の破片などが出土した時は地元では大騒ぎになった。当時の市長も、長年親しまれてきた平和台球場を廃止してまで遺構の保存を決断せざるを得なかった。

 しかし、発掘調査がここまで長引くと、一時の市民の熱狂は薄れた感がある。住民の出入りが多い街だけに、今となっては鴻臚館跡の存在を知らない市民も多いのではないだろうか。また、発掘現場を上屋で覆った「鴻臚館跡展示館」(1995年完成、下写真)は「施設として寿命を迎えようとしている」という。

 もっとも発掘調査は今後も続くとはいえ、中核施設だった「客館」の調査はほぼ終わっており、今後は警固所や倉庫など周辺施設の遺構確認が主眼となるらしい。調査と並行して話し合いが進められてきた「鴻臚館跡整備基本構想」も年度内にはまとまり、これをたたき台に、新年度からは復元に向けた整備基本計画の検討が始まる予定だ。発見当時から話題に上がっていた鴻臚館の復元だが、非常にゆっくりとしたスピードながらも徐々に進んではいるようである。

 鴻臚館跡があるのは福岡城三の丸跡で、全国的に珍しい二重の国史跡となっている。福岡城も今後、本格的な復元が始まる。古代の外交施設と近世城郭、異質の遺跡をどう調和させて整備していくのか、結構見ものだ。


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