スケートが得意だった福岡人

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 平成の初めごろまで、福岡市と周辺にはかなりの数のアイススケート場が点在していた。現在も存続しているオールシーズンのリンクは福岡市博多区のパピオアイスアリーナ(写真)ぐらいだが、以前はほかに東区の香椎スポーツガーデンや城南区の七隈ファミリープラザがあった。また、冬季限定で営業していたスケート場も天神の福岡スポーツセンターや津屋崎町(現・福津市)の恋の浦、犬鳴峠を越えて若宮町(現・宮若市)まで足を延ばせば、力丸スケート場が健在だった。

 これらの施設が全て同時期に存在していたわけではないが、あちこちにリンクがあったのだから福岡の子供や若者にとってアイススケートは比較的身近な娯楽だった。もちろん滑走料金に加え、スケート靴を借りる金も必要なので安い遊びではなかったが、小学生でも小遣いを貯めれば、時折は通える料金でもあった。

 私もローラースケート(現在のようなカッコいいシューズ型ではなく、靴に着ける台車みたいな代物)で鍛えた後、友達と誘い合って何度かスポーツセンターに行った。小学校のお別れ遠足は力丸スケート場だったが、こういった事情で小学6年生ともなるとスイスイ滑れる者が多く、本気で競走して「お前たち危ない!」と教師に怒鳴られもした。高校卒業の際もクラスでスポーツセンターに繰り出したが、男子連中は全員うまかった記憶がある。九州・福岡の人間の多くがスケートに親しんできたなど、他所の人にとっては恐らく意外な話だろう。

 福岡スポーツセンターは天神の再開発で1987年に閉鎖され、跡地はソラリアという商業ビルになった。一方、力丸スケート場は営業停止後、放置された施設が廃墟と化し、心霊スポットとなっていた。力丸スケート場の閉鎖時期については、「力丸ダム保険金殺人」という記事を書いた際に調べたのだが、まったく情報がなく、『若宮町誌』(2003)にさえ記載がなかった。

 しかし、この機会に古い新聞記事などを再度当たったところ、1996~97年シーズンの営業を取りやめ、そのまま閉鎖されたらしいことがわかった。 施設の老朽化や駐車場に暴走族が集結し治安上問題――などの理由だったという。事前に告知して廃業したわけではなく、気付いたら閉鎖されていたという経緯だったため、人々の記憶があいまいになったのだろう。

 現地にいったわけではなく、あくまでもグーグルアースで確認した限りだが、力丸スケート場の廃墟はようやく解体されたようだ。
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