大野城跡散策

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 先日「油山市民の森」に行ったのに続き、今度は「四王寺県民の森」を散策してきた。福岡県大野城市、太宰府市、宇美町にまたがる四王寺山(標高410㍍)にあり、山中には国の特別史跡・大野城跡があることで有名だ。663年の白村江の戦いで敗れたヤマト王権が大宰府防衛のために築いた山城で、土塁の総延長は8㌔にも及ぶ。せっかくだから「百間石垣」「クロガネ岩城門」など城の遺構も見てきたが、地理に不案内なため相当遠回りするなど苦戦した。標高は低いうえに県民の森として整備されてはいるが、それでも山は山。あらかじめルートを確認しておくなど準備は必要だった。

 散策の起点にしたのは宇美町にある県民の森センター。実は大野城の遺構の多くが、大野城市ではなく宇美町側にある。元大野城市民の一人として、この事実を知った時は結構意外だった。筑紫郡大野町が1972年に市に昇格した際、大野市がすでに福井県にあったため、古くから有名だった山城の名を市名とした。この経緯を知るだけに、当然ながら多くの遺構が大野城市側に存在しているものと信じ込んでいた。


 最初に城内の倉庫跡と推定されている八ツ波礎石群、福岡市街地を一望できる展望台「博多眺め」などを巡った後、いったんセンターに戻って休憩。続いてアスファルト舗装された大城林道を通り、野外音楽堂経由で「クロガネ岩城門」を目指した。

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 「クロガネ岩城門」は2012年10月、九州歴史資料館の発掘調査により確認された大野城9ヶ所目の城門跡。城門は近年まで4ヶ所しか知られていなかったが、2003年7月の集中豪雨で石垣などが被災、この復旧工事に伴う発掘調査で新たに4ヶ所が発見された。しかし、江戸時代の絵図『太宰府旧蹟全図北図』には「屯水」(城の排水門)と「百間石垣」の中間点に別の城門が描かれており、まさにその場所から発見されたのがこの城門跡だ。

 すでに発掘調査が終わって埋め戻されているため、一見、山の斜面の岩場にしか見えない。しかも斜面はかなり急で、何のための城門だったのか、素人目には不可解な立地だ。発見前は九州歴史資料館にも「登城路を想定するには難がある」(『特別史跡大野城跡整備事業V下巻』(福岡県教委、2010)と城門の存在に否定的な見方もあったようだ。

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 続いて細く険しい山道を通って「百間石垣」に向かったが、本当は県民の森センターと福岡市街地方面とを結ぶ県道を通った方がはるかに近い。谷間に築かれた延長約180㍍(百間)の壮大な城壁で、高さは平均4㍍程。ここも集中豪雨で被災した場所だが、また一部破損したらしく、谷間の最上部に当たる石垣がブルーシートで覆われていた。

 帰路、県道沿いから「百間石垣」を見上げた。上から見下ろすよりも規模が良くわかる。家族からは「最初からこちらの道を通った方が楽だったのでは」と笑われた。良い運動にはなった。
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