影が薄い西公園



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 福岡市中央区の西公園をあてもなく歩き回ってきた。荒戸山、または荒津山と呼ばれる標高約50㍍の低山に整備された県営公園。江戸時代は眺望抜群で風光明媚な場所だったらしく、貝原益軒は『筑前國続風土記』の中で荒戸山に大きなスペースを割いて褒めちぎっている。

 現在でも展望台からは博多湾を一望できるが、松の枝が眺望を遮り、しかも眼下に広がるのは石油貯蔵基地のタンク群だ。桜の名所として市民には親しまれているが、近隣にある同じ県営の大濠公園に比べれば、少し影が薄い気がする。私の偏見でもないと思う。両公園を紹介するサイトのタイトルにも位置付けが良く現れている。何しろ「大濠公園・西公園」なのだから。

 舞鶴公園(市管理)、大濠公園の一体整備のために福岡市と県が策定したセントラルパーク構想からも西公園は除外された。隣接する舞鶴、大濠公園と違い、西公園は離れているのだから当然かもしれないが、大濠公園~西公園の距離はわずか410㍍に過ぎない。両者を結ぶ県道556号は、広い歩道を街路樹が彩る道だ。途中にベンチや案内板を設置するなどして散策路として整備すれば、一体化は可能だと思える。

 眺望は少し残念だが、西公園は福岡藩の歴史が色濃く残る場所でもある。入り口付近には勤王の志士、平野国臣(1828~64)のブロンズ像が聳え、山中の木立の中には同じく勤王派の家老で、乙丑の獄で粛清された加藤司書(1830~65)の歌碑が建つ。何より公園内には、福岡藩の礎を築いた黒田如水・長政父子を祭った光雲神社がある。福岡城址の舞鶴公園、城の外堀だった大濠公園、そして西公園。歴史散策の場としても3者は一体であるべきだろう。

 福岡市の地図を改めて眺めると、意外なことに気付く。街の中央部を南北に貫く形で広大な公園・緑地群が存在しているのだ。舞鶴・大濠公園を中心に、北に西公園、南に福岡市動植物園がある南公園(中央区)、さらには鴻巣山の緑地(南区)。セントラルパーク構想のうたい文句の中に“「まちの公園」から「公園のまち」”というフレーズがあるが、「公園のまち」と名乗るだけの資格を福岡市はすでに持っていると思う。しかし、現実には「公園のまち」という感じが一向にしないのが不思議だ。


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