豊後の森機関庫のSL

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 7月19日、ふと思いつき大分県玖珠町にある豊後の森機関庫に立ち寄ってきた。福岡県志免町でスクラップとなる予定だったSL9600形29612号機を玖珠町が譲り受け、先月から豊後の森機関庫に展示している。昨年春、「志免町のSL、玖珠町で保存へ」を書いた時、29612号機は朽ち果てる寸前だった。現在では黒光りする姿に修復され、今にも走り出しそうな雰囲気だ。

 29612号機は1919年(大正8年)に製造された車両で、全長16.5㍍、重量は約60㌧。主に北部九州で石炭輸送を担い、長崎に原爆が落とされた際は被爆者の輸送にも当たったという。引退後の75年、「志免炭鉱でSL用石炭を産出していた」という理由で志免町が譲り受け、その後役場近くの公園で野ざらしになっていた。

 一方、豊後の森機関庫は1934年に完成したSLの車両基地。71年に廃止されて以降、こちらも廃墟同然となっていたが、巨大な扇形機関庫は原型をとどめ、近年になって貴重な近代化遺産として脚光を浴びていた。2012年には国の登録文化財ともなっている。

 29162号機が志免町から玖珠町に譲渡された経緯については「志免町のSL、玖珠町で保存へ」で書いたが、大雑把に振り返ると、当時の志免町長が1,300万円の予算を投じてSLの改修・移設を計画したが、議会の反対で頓挫し、SLは廃棄されることになった。これを知った玖珠町側が豊後の森機関庫に展示したいと引き取りを申し出たという経緯だ。聞くところによると、29162号機が無為に失われることを惜しんだ鉄道ファンが「機関庫のある玖珠町が保存を」とメールを送り、これに町長が応えたということらしい。玖珠町長の決断力、実行力が目を引く。

 生き延びた29162号機は、扇形機関庫を背に展示されている。最もふさわしい場所が安住の地となった。だが、志免炭鉱の竪坑櫓が見える場所にある志免町の鉄道記念公園(下の写真)もお似合いの場所だったろう。旧国鉄勝田線の跡地に整備された公園で、町が移設を計画していたのはここだった。


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