初めて知った天拝湖の正体

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 基山(佐賀県基山町・福岡県筑紫野市)から天拝山(筑紫野市)まで、九州自然歩道をたどって縦走し、二日市温泉でひとっ風呂浴びて帰ってきた。猛暑の中、十数㌔を歩き、さすがに途中でばてて、天拝山南側の天拝湖畔で休憩した。風光明媚な湖で、筑紫野市民の憩いの場であることは聞いていたが、初めて現地に行き、この湖が「山口調整池」であることに気付いた。

 人口250万人に上る福岡都市圏だが、域内には大河川が存在しないため、遠く筑後川から水をもらい、飲み水の一部を賄っている。いわゆる福岡導水で、1日に都市圏に送られてくる筑後川の水は約18万㌧。山口調整池とは、送水管が壊れるなどの緊急事態に備え、筑後川の水を一時的に貯めておくための人工湖だ。有効貯水量は約390万立方㍍で、福岡市のダムの中で比較すると、脊振ダムとほぼ同じ。要するにダム1個分もの大量の水がここには貯えられている。1994年に起きた2度目の福岡大渇水を受け、水資源公団(現在は水資源機構)が370億円を投じて建設、98年に完成したという。

 94年以降、福岡都市圏は幸いにして大きな渇水には襲われていないが、2002年冬には寸前の危機に陥り、また、故障で短期間ながら福岡導水が止まったこともある。その度に山口調整池がショートリリーフ的な役割を担い、ニュースでその名を度々耳にしてきた。しかし、その場所を正確に把握していなかったため、長らく天拝湖と同一だとは知らなかった。相当うかつな話だ。

 湖畔には「兎ヶ原水没記念碑」と刻まれた大きな石碑があった。兎ヶ原(うさぎがはる)とは、この場所にあった集落の名前で、調整池建設により、宅地や農地、山林など60㌶が水没し、26世帯が移転を強いられたという。兎ヶ原の名は、現在も川や林道の名前に残っている。名前通り、かつてはこの場所を野ウサギが駆け回っていたのだろうか。

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 基山山頂へは筑紫野市のJR原田駅から滝行場、基肄城跡の礎石群を経由するルートを選んだ。基山には5月にも登り、山城跡を巡ったが、この時と比べて山頂には夏草が生い茂り、休憩所は壊れたのか立ち入り禁止の状態だった。
 
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 5月には基山下山の際に道を間違い、縦走路の九州自然歩道に入り損ねたため、今回は慎重に草スキー場を下った。低山とは言え、真夏の猛暑の中を縦走している人はさすがにゼロ。自然歩道では誰一人出会わなかった。
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