鴻臚館のトイレは男女別だったか?

IMG_4146.jpg

 福岡城址にある古代の外交・通商施設、鴻臚館の遺跡からは国内で初めて、古代のトイレ遺構が見つかったことで知られる。1993年、土壌の科学分析により、トイレが男女別だったことがわかったと新聞などで大きく報道され、鴻臚館跡展示館のパネルにも「男女別々に使用された可能性がある」と紹介されている。しかし、科学分析を行った人物を最近になって知り、男女別トイレの存在に疑問を覚え始めた。根拠など何もないが、あまりにもいわくつきの人物なのだ。

 かつては国立大の教授だったが、現在は退官して一般人になっているので名前を伏せ、元教授と表記する。元教授は残存脂肪酸分析という手法を考古学に持ち込み、いくつかの華々しい“成果”を収めた。中でも大きな話題になったのは宮城県の馬場壇遺跡から出土した旧石器からナウマンゾウの脂肪酸を検出したというものだ。旧石器時代人がナウマンゾウを狩り、解体した証しとして大変な注目を浴びたが、馬場壇遺跡とは言うまでもなく、あの旧石器捏造事件の主舞台の一つ。石器も当然ながら捏造品だった。

 縄文時代のドングリ加工品、通称縄文クッキーがドングリの粉に獣肉や血、卵などを混ぜ合わせて焼いたものだという分析結果も輝かしい業績だが、これにも残存脂肪酸分析の本家、食品化学の分野から強烈な疑問が出されている。「残存脂肪酸の組成から種類を特定するのは困難。まして数千年前の脂肪酸がなぜ、変化していないと考えられるのか」という素人にももっともと思える疑問だが、私が知る限り、元教授は反論することも、間違いだったと認めることもなく考古学の表舞台から消えた。

 この2例だけで元教授の業績すべてに疑問符をつけるわけにはいかないが、「一事が万事」という考え方もある。当時の新聞報道によると、元教授がトイレが男女別だったと考えた根拠は、やはり残存脂肪酸分析を行った結果、哺乳類の排泄物に含まれる脂肪の一種、コプロスタノール(コレステロールが分解してできる)を確認したためだ。コプロスタノールの値は男性が高く、女性は低い。3基のトイレ遺構の土壌中から検出されたコプロスタノールの値に違いがあったことから、2基を女性用、1基を男性用と判断したという。

 発掘調査報告書には、この点についてどのように書かれているかと思い、これまでに出版された鴻臚館跡の発掘調査概要報告21巻を図書館ですべてチェックしてみた。驚いたことに元教授の論考はもちろん、トイレが男女別だったなどの記載は一切見当たらなかった。1994年に出された発掘調査報告に別の研究者による土壌分析結果が掲載されているが、これは寄生虫の卵や植物の花粉、種などを調べる手法だ。

 分析結果によると、確認された寄生虫卵の種類はトイレによって違いがあり、大きな1基は野菜や野草、コイ科の淡水魚を食べている人たち、小さな2基は飼育されたブタやイノシシを常食している人たちのトイレだったと考えられるという。つまり、大きな1基は古代日本人、小さな2基は外来者用だった可能性が高いという見方だ。

 鴻臚館発掘20周年を記念して2007年、福岡市博物館で開催された「古代の博多―鴻臚館とその時代」展の目録にも「寄生虫卵の出土頻度が遺構ごとに異なることから、食生活の異なる人々がそれぞれ別のトイレを使用していた可能性がある」と記されている。男女別など影も形もない。これが市教委の最終見解なのだろう。

 1993年当時、市教委側もあれだけ派手に喧伝した男女別トイレの存在だが、発掘調査報告を読む限り、福岡市教委は意外に早い段階で軌道修正を図り、今ではなかったことにしているのではないかと想像される。鴻臚館跡展示館に掲示されているパネルはただ一つの痕跡だ。さっさと証拠隠滅した方が無難だと思える。

IMG_4152.jpg

 鴻臚館の建物(客館)は南北に2棟あったことがわかっている。南館の発掘が先行して行われ、遺跡を覆う形で展示館が建設された。内部には遺構が発掘当時の姿のまま残され、出土品の一部や説明パネルが展示されている。

IMG_4156.jpg

 北館の遺構は平和台球場の跡地にある。調査が終わった一部区域が芝生広場として整備され、開放されたが、雑草が生い茂り早くも荒れ果てた状態となっていることを8月に紹介した(「雑草で埋め尽くされた鴻臚館跡」)。あれから2ヶ月が経ったが、ほとんど同じ状態だった。
関連記事
スポンサーサイト
[Edit]

コメント

非公開コメント