大山祗神社跡公園

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 この正月、初詣を兼ねて福岡市西区の愛宕神社に登ってきた。標高約60㍍の山上に拝殿があり、急な石段や坂道はジョギングコースとしても人気だ。その坂道の途中に展望台らしき見慣れぬ建造物が出来ていた。近付いてみると「大山祗神社跡公園」と書かれたプレートが掲げられ、展望台下部にあった説明板には公園の由来が記されていた。

 大山祗神社は山の神であり、かつて愛宕山の北側に広がっていた早良炭鑛(姪濵炭鑛)の守り神であった。大正三年十二月、この地に姪濵鑛業(姪濵炭鑛)が葉室豊吉により設立された。西に佇んでいる石碑は葉室翁頌功碑で翁の功績を撰文している。姪濵鑛業・早良鑛業・サワライズと社名を替えながら、平成二十六年十二月で設立百周年を迎えた。記念事業の一環として葉室翁頌功碑の環境改善を行い、大山祗神社跡を整備し、公園として後世に残す。
平成二十七年十月        株式会社 サワライズ


 2013年に「愛宕神社からの眺め」で取り上げたことがあるが、愛宕神社の北側には1962年(昭和37年)まで姪浜炭鉱があった。その守り神だった大山祗神社がかつてこの地にあり、現在も社名を「サワライズ」と変えて存続している炭鉱会社が創立100周年を記念、跡地を公園として整備したというわけだ。大山祗神社と言えば、福岡県内では朝倉市の神社が奇祭「おしろい祭り」で有名だが、説明文中にあるように、以前は守り神として各地の炭鉱で祭られていたらしい。筑豊地区などには当然、多数存在したはずだと思うが、少なくとも道路地図では探し当てることはできなかった。この地と同じく、炭鉱閉山とともに消滅したケースが多いのだろうか。

 姪浜炭鉱はあらかじめ閉山に備えて病院や鋼材製造、自動車学校の経営に乗り出し、閉山から半世紀以上を経た今も健在。記念事業として小規模ながらも公園を整備するぐらいの体力があるのだから、飯塚の麻生グループなどと同じく、経営多角化がうまくいった例だろう。炭鉱会社の中には倒産状態で閉山し、深刻な鉱害を残していった企業もある。姪浜炭鉱に先見の明があったことは地元にとっても幸いだったのではないだろうか。展望台の眼下には、愛宕神社からとは微妙に違う風景が広がっていた。


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