博多駅の待合室

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 まだ若かった頃、遠方に出掛ける際は、宿泊費や交通費を浮かせるため夜行列車(寝台列車ではない)をよく利用していた。目的地に着くのは早朝どころか、未明の時もあったが、そんな場合は駅の待合室で夜を明かした。本州のとある駅でうたた寝しながら朝を迎え、そのまま大学受験に向かったことさえある。一応合格はしたので、私にとっては数少ない武勇伝だが、この大学には入学しなかったため誰も信じてくれない。

 本題は駅の待合室についてだ。最近は改札口を抜けたコンコースやホームにあるだけで、誰もが利用できる待合室は少なくなった印象がある。地元のJR博多駅にも以前は筑紫口寄りの南側に広い待合室があり、列車を待ったり、人を出迎えたりする時に非常に重宝していたが、いつの間にか撤去され、2011年春に開業した新駅ビル・JR博多シティでも復活しなかった。駅ビル1階で一息つきたい時は飲食店に入るしかない。今さらだが、ホームレス排除のためなのだろう。

 調べてみると、先代の博多駅(写真)から待合室が撤去されたのは1990年10月。博多駅はJR九州とJR西日本が共同管理しているが、待合室があったのはJR西のテリトリーで、撤去後は旅行センターが開設された。表向きの理由は営業強化だったが、当時の新聞を読むと、ホームレス対策も目的の一つとJR西側も暗に認めていたようだ。待合室自体は駅2階の新幹線広場に移されたが、今度はここにホームレスが寝泊まりするようになり、夜間閉鎖によって排除を目論むJR側と、これに反発するホームレス支援団体との間で一時、激しい対立が続いた。

 JRの対応を「無慈悲」とみるか、待合室を占拠し続けるホームレスを不快に思い「弱腰の対応をするな」と考えるかは人それぞれだろうが、博多駅でホームレス対策が強化されだしたのは1979年3月に起きた女性殺害事件が遠因ではないかと思う。出勤途中だった若いOLが駅に隣接する交通センターのトイレで殺害されたという事件で、約3週間後、天神などを根城にしていた33歳のホームレスの男が逮捕された。金などが目当ての犯行だったという。

 警察は早い段階から博多駅や周辺で寝泊まりする者にターゲットを絞っていたらしく、実際にそんな男の一人が逮捕されたことで、この事件以降、福岡市民がホームレスを見る目は劇的に変化した気がする。その後の世の中の推移を見ると、ホームレスによる殺人などは稀有な例で、被害者になるケースの方が圧倒的に多いと思われるが、利用者から「怖い」と訴えられれば、施設管理者側は対処せざるを得なかっただろう。

 しかし、犯人の男が住んでいたアパートを引き払い、野宿生活を送るようになったのは実は犯行後のことで、厳密にはホームレスによる犯行ではなかったことになる。むしろ、男を怪しいとにらみ、再び目撃した際に通報するなど逮捕に協力したのが二人の女性ホームレスだったのだが、当時は“ホームレスによる凶悪犯罪”というイメージばかりが強調され、私もそう思い込んでいた。博多駅のホームレスにとっては、とんだとばっちりだったわけだ。

 話は少し脱線するが、以前、福岡県内のとある街で妙な光景を目撃した。街の中心部に屋根で覆われ、ベンチも置かれた石畳の広場が出来、住民たちの交流の場となった。しかし、間もなく数人のホームレスが住み着き、住民たちは敬遠するようになった。住み着いた者たちは夜間、酒盛りをして騒ぐこともあり、行政には苦情も寄せられていたらしいが、対処しているようには見えなかった。ところが、ある日突然、ホームレスは姿を消し、広場には再びベビーカーを押した母親らが集まってくるようになった。後から聞いた話では、監査があるため、行政サイドがしゃかりきになってホームレスを排除したという。事実かどうかは確かめていないが、さもありなんとは思った。
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